「毎日でも演じたい」

小日向文世

2008.02.07 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA
謎である。わかりにくい。だからこそ目が離せない

主人公は、善人だがあらゆるツキに見放された男。11日後に控えた親友の命日に死のうと決意した途端、なぜか、人生がにわかに派手に転がり始める。刺激的な人々に出会い、謎の事件に巻き込まれ、やがて明らかになる衝撃の真実。そんな人生の残り11日を1話1日という設定でカウントダウンしつつ描く。

「僕が今までやってきたドラマと全然違うんですよね。“11日後に死ぬ男”なんて経験したことのない人物だし。彼が本当に人のいい男で、どんどん周りに振り回されてゆく。反発するわけでもなく、全部受け入れてゆく…」

タクシー乗り場で因縁をつけられたキャバクラのスカウトマンについて行き、案内されたねぐらで暮らすは、何の疑問もなく生命保険に入るは、突如アイドル女優と箱根に旅立つは…。そんな善人ぶりを、喜多善男の中の別の一面“ネガティブ善男”がシニカルに見つめ、批判する。画面の中では小日向文世が“善人”と“ネガティブ”の2役を演じ、口汚くののしり合う。

「演じながらも面白いと思います。喜多善男というキャラクターに対する小日向文世の反発をちょっとサディスティックに表現しているところがありますね。でも本当は、“ネガティブ善男”も喜多善男の一部です。だから、彼はただのいい人じゃないんです。そういう暗いものを孕んだ男だと」

この日、スタジオに入るまでは自宅にいて、ずっと台本を読んでいた。

「セリフを入れる(=覚える)作業と“え、ここ、こんなふうになるのか。ちょっと待てよ”なんて、腑に落ちないところをチェックしてました。あとでディレクターとプロデューサーに質問しなくちゃなんないから。今は、ずーっとこの喜多善男のことばっかり考えてるんですよ(笑)」

劇団に19年いて、俳優歴は合計30年。そして連続ドラマ初主演。

「ふと“はずしたくないな”って思ったり“良かったと思われたい”っていう気持ちも出てくるんだけど、いざ撮影に入っちゃうと、演じるスタンスは変わりません。ただ、主役は出番が多い!ずっと撮られてるんですよ! これほど気持ちのいいものだったのかと(笑)。肉体的にはすごくハードですが、完全に気持ちよさが凌駕しましたね」

役のことを考えるのも、セリフを覚えるのも、演じるのも楽しい。

39歳のとき、劇団の芝居でハムレットを演じた。世にあまたの俳優あれど、そうそう演じられる役ではない。

「舞台の2日目に、劇評家連中が来てることを知らされたんです。その瞬間に、口の中の唾液がピタッと止まった(笑)。舞い上がったんです…無様な姿を見せられない、ちゃんとやらなきゃって。ものすごく長い独白があるのに、口の中がカラカラでろれつが回らないんですよ。“ほめられたい”って思ってしまった瞬間にダメになったんです」

それはかつて小日向文世が在籍した『オンシアター自由劇場』でのこと。

いまや平成中村座で歌舞伎の演出もこなす串田和美が設立、看板女優に吉田日出子を擁した劇団。彼がこの劇団に入ったのは23歳だった。

演じる喜びに目覚め、夢中になり続けている

北海道出身で、高校では美術部で油絵を描く静かな青年で、べつに俳優になるつもりなんてなかった。デザイン専門学校進学のために上京し、骨折をして入退院しているうちに1年を棒に振り、今度は写真学校へ。だが。

「撮る方じゃなくてスポットライトを浴びたいって思うようになったんです。小日向文世というものが、この世に存在してることをわかってもらいたい。高校時代から自分はパッとしない存在だと思ってたし、東京に来ても、周りの友だちが派手に動き回っているのを見ながら、自分にも何かがあるはずだって思ってました。学校を移ったりしながら探してたんでしょうね。それでいきついたところが芝居でした」

芝居を志した当初、文学座に挑戦するも失敗。俳優・中村雅俊の付き人をしつつ2年目、「文学座よりはるかに入所金の安い劇団があったんですよ。オーって思って見たら、吉田日出子さんがいる。ここだ! って(笑)」。

芝居なんて目指してなかった高校時代――ドラマ『木枯らし紋次郎』で観た、村の娘を演じた女優がずっと心にこびりついていたという。それが吉田日出子だった。そして『オンシアター自由劇場』に入団。どっぷり芝居漬けに。

「なかなか役につけなかったんですが、どうしてもやりたかった『クスコ』という作品のカミノ役をつかむことができたんです。その舞台で、芝居の面白さと気持ちよさを味わいました。ここに腰を据えていこうと」

演じたのは王家の3人息子のうちのひとり。王権争いに絡んで殺し合いにも発展するのだが、カミノはいわゆる“うつけ者”だったので無事だった。

「でもそれは芝居だったんです。頭がおかしなふりをしていたので、暗殺されなかったんです。20年にわたって周りをだまし続けた。もちろん観ているお客さんもです。最後にフッとしらふの声で語り、正気になって王権を奪い取る。その瞬間に“エエエーッ!!!”って、劇場がどよめいたんです! 嗚呼! って思いました。気持ちよかった!役者って人を驚かせたりだますところに快感を得るんですよねえ」

俳優としての始めてのカタルシス! もう、やめられない! 28歳になっていた。

89年から『オンシアター自由劇場』は『Bunkamuraシアターコクーン』をフランチャイズとし、定期的に公演を打つようになる。小日向文世、35歳のとき。それでようやく、「芝居でメシが食える」状態になったのだという。

「貧しかったですねえ(笑)。僕らにバブルってなかったですよ。バブルが始まっても終わっても何にも関係ない。でも周りがみんなが貧しかったから、貧しいっていう感覚もなかったんです。たまに打ち上げで、お酒が飲めてごちそうが並ぶんですが、そこで“もうやめる”って言ってたヤツが飲み食いすると、“また明日から頑張る!”って(笑)。それぐらい単純に、芝居にガーッと傾いていましたね」

1954年、北海道生まれ。東京写真専門学校卒業。俳優・中村雅俊の付き人を経て、77年、串田和美が主宰する「オンシアター自由劇場」に入団。『クスコ』『魔人遁走曲』『ハムレット』などで主演。劇団の中心的メンバーとして活躍する。96年の解散まで19年間在籍。解散後は映像の分野に進出。古畑任三郎(第3シリーズ)のサディスティックな被害者役や『HERO』での事務官役など、出演作、山のごとし。04年の『銀のエンゼル』では映画初主演を果たし、『あしたの、喜多善男~世界一不運な男の、奇跡の11日間~』で連続ドラマ初主演を務める。フジテレビ系で毎週火曜22:00~

■編集後記

30代後半から40代前半にかけて、小日向文世の生活は激変した…全然25歳の話ではないが。39歳で結婚、41歳で父親になり、42歳で劇団が解散した。俳優の仕事はあんまりなかった。日々、長男とともに公園に出向いて「仕事来るカナー、来ないカナー」と時を過ごす夫に、奥さんは「稼いでこい」などとは一言も言わなかったという。月末になって生活資金が底をついてくると、借金。「その分、息子とは豊かな時間を共有できた。女房は偉かったなあと思いますよ(笑)」

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
photography PEY INADA

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