もともとは「あきばっぱら」だった!?

秋葉原が電気街になったのはなぜ?「オタクの聖地」の歴史を探ってみた

2008.02.15 FRI


アキバの歴史は日本の成長の歴史に重なる。数年後、アキバはどんな姿に変貌しているのだろう?
すっかり“オタクの聖地”として定着した秋葉原。しかし、アキバがオタクの聖地となったキッカケって何だろう? というか、電気街が生まれた経緯だって不明だ。

そこで街の歴史を紐解いてみると、これがなかなか興味深い。

秋葉原の地名はもともと、この地に建っていた鎮火社(ちんかしゃ/防火祈願のための神社)による。ここに祀られたとされる秋葉大権現(あきばだいごんげん)の名から、人々はこの社を「秋葉さん」と呼び、ついには名称も秋葉神社に変更された。

現在のアキバは当時の秋葉神社周辺の原っぱにあたるエリアで、人々はここを「あきばっぱら」あるいは「秋葉の原」などと呼んでいた。これが秋葉原の由来である。

電気街が生まれたのは戦後のこと。当時から地元で商売を続ける老舗オーディオ店「インパルス」の小島眞社長に、街の変遷を聞いた。

「戦後は進駐軍からガラクタを買い取り、それを直して売るような露店がこの一帯に林立していました。当時は真空管やトランジスタなどを扱う店が多かったようです」(小島さん)

今も『○○無線』という店名が多いのは、トランジスタを扱っていた時代の名残だ。

「高度成長期を迎え、扇風機が発売された当時は、街から在庫がすべて消えるほど売れました。60年代後半に電卓が登場した時など、1台10万円もする機種がバンバン売れていましたね」

では、それがなぜオタクの聖地に?

「大型量販店が増え、とくにバブル崩壊後には昔ながらの小さなショップの撤退が相次ぎました。もともと電子機器に関心の高い客層が多かったこともあり、空いたテナントには当時新たに人気を集めていたゲーム関係のショップが入り、若者や家族連れの客足を繋ぎ止めたわけです」

そして、ゲームショップが全国に浸透すると、今度はアニメ関連ショップが増加。つまりアキバは、家電→ゲーム→アニメと、微妙にジャンルをリンクさせながら、時代のニーズに合わせてたくましく発展してきたのだ。

電気街としては縮小傾向で、これは古くからのアキバを知る老舗店オーナーとしては寂しいことだという。そして昨今の周辺事情について、こんな苦言も。

「若い人が集まって活気が出るのはいいですが、道端にゴミを捨てたり、階段に座り込んだり、マナーを守れない人が多いのは困りものですね」

一方、もしこの先オタクブームが去ったとしても、小島社長は「また別のジャンルが取って代わるでしょうし、我々のような専門店はずっと残っていくはず」と頼もしい。これからのアキバにも、ますますご注目を!

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