「一芸に秀でるものは多芸である」

石原慎太郎

2008.03.13 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA サコカメラ=写真 photography SACO CAMERA
ヘンな人と好んで付き合う。つねに自分からずんずんと

『オンリー・イエスタディ』は、石原さんが“ほんの昨日のこと”を振り返って描いた作品である。で、仕事をしないで過ごしたいのは“最早去勢された男というよりない”なんて、主張をドスンと打ち出しつつ、そうではない破格の人々や出来事を描く。

たとえば東急グループの親玉だった五島昇と知り合うくだり。20代だった石原さんの前に、人と人とを結びつける“蜜蜂業”なる人物が突然現れ「誰に会いたい?」などと尋ねるのだ。そんなきっかけで出会い、意気投合し、後に共同事業を手がけるようになる。

あるいは、日本ヨット界のパイオニアと呼ばれる山口良一から、直接クルーザーの購入を勧められる。ファンキー・ジャズのプレイヤーたちの日本公演を仕掛け、大ヒットを飛ばす。50年ほど前、ナイトクラブに入り浸って、ハメを外しまくった末、横浜は磯子の海に車ごと突っ込む…。作中で石原さん、日本人は画一的になってしまった、と嘆くが、“ほんの昨日のこと”がこんなスゴイ出来事ばかりなんだから、そう思うのもさもありなん。

「日本には変わったヤツがいっぱいいた。俺はヘンな人間を好きになるんだよ(笑)。それで7割ぐらいは裏切られたり何らかの被害にあったりするんだ。でもね、3割はですね、実に強いキャラクターのある人間たちだった。僕は好奇心の強い人間だから。自分でどんどん行っちゃうんだね。幸か不幸かサラリーマンになったことがないから、組織の中での年功序列を経験したことがないんですよ。文壇ってのはその点、いい世界でね。一芸に秀でてたら賞がもらえるし、一人前だと認めてもらえるわけだからね」

若くして一人前だった。弟・石原裕次郎の遊びまくりの日常から着想した『太陽の季節』で第34回芥川賞を受賞したのは23歳のとき。まだ一橋大学の学生だった。ベストセラーとなり、映画化もされたし“太陽族”“慎太郎刈り”などの流行語を生み出した。後者はもちろん石原さんのヘアスタイルだ。ともかく、石原さんは文壇のみならず世間的にもスターだった。

次は、そんな石原さんの若き日の“どんどん行っちゃう”逸話。舞台は国鉄横須賀線逗子行きグリーン車中。登場人物は川端康成と三島由紀夫。

「“いいですか?”って尋ねて川端さんの前に座るんだね。それで勝手な質問をするわけ。自作の中で何が一番お好きか、ってね。川端さんはギロッと目を光らせて“お読みいただいたかどうかはわかりませんが『みずうみ』です”。“僕もそうなんです。けど、三島さんは怒りましたよ”って。それ以前に三島さんと議論したんですよ。川端作品で『みずうみ』が一番好きだというと、“あんな不定形などろどろしたもののどこがいいんだ、アレは川端さんでも一番よくない”って三島さんが言って。“不定形のどこがいけないんですか。人間みなそうでしょ。アンタの小説はむしろ整いすぎてて面白くないんだよ”って返したら、黙っちゃったの(笑)。そういう話を川端さんにしたら、“あの小説は三島くんには絶対にダメです”ってつき放すように言ったね。こりゃ三島さんが聞いたらぎゃふんとなっただろうね」

そんなことを川端康成にズケズケ言う若者はいなかったという。詩人・アルチュール・ランボーの評論や翻訳を手がけた小林秀雄には、これもグリーン車中で「ランボーって、ありゃ、どういう人なんですかね」の質問。

「自分がそんなふうに小生意気なヤツに質問されたら“何言ってんだ!”ってなるかもしれないけど(笑)」

語り合い、戦うこと。関係ないことに溺れること

若くしてスターだったから様々な出会いの機会はあった。が、それにとどまらず、人でも物でも、興味のおもむくままに肉迫していったのだ。

「僕はそういう人間なんですよ。自分にとっての猟犬みたいなところがある。嗅いでまわるわけじゃないけど、何かいい匂いがするとすっとそこに行くんだね。この頃の若い人たちはあまり人に興味がないんじゃないかな。何か言われても“おれは違うぞ!”と言うこともない。焼き餅焼くこともない。おしゃべり自体が好きじゃないんじゃないの」

で、今度は軽妙なおしゃべりの逸話。舞台は鎌倉の小料理屋。登場するのは白洲次郎、その親友のストラトフォード伯ロビン・ビング、小林秀雄、作家の永井龍男。石原さん、満を持して発売された国産の高級ウイスキーをロビン伯爵に勧めるのである。日本はオートバイもクルマも英国製を凌駕した。ウイスキーだって英国のスコッチだけの天下じゃなくなるぞ、と。

「それを白洲が訳して、伯爵がグラスに口をつけた。“どうだ?”って聞いたら、伯爵が“Well, I don’t think so.”。“ウイスキーというのは男の飲み物だ”と。“この酒にはキックがない。こんなに飲みやすいものはウイスキーではない”って伯爵が答えたんだね。それを白洲さんが日本語に訳したら、横で飲んでた小林さんが永井龍男に“ふうん…そういえば永井、この酒にはキックがねえな”って(笑)。俺、笑っちゃって。“いいかげんな評論家ですね、あなた”って。小林さんも笑いながら、バカヤローってね」

そんな会話がいまは起こらない。

「人間の価値って個性でしょ。個性を裏打ちするものは感性、すなわち情念。情念までコントロールして、情報に埋没してるのが現代。やっぱり、感性を持たない人間は面白くないよね。都の幹部なんかが悪い例でさ、コンテュニティーとコンシステンシー…継続性と安定性に支配されてんだね。そんなのにあぐらをかいたやつはね、なんにも新しいことはできないよ。2年連続して大マラソンやったろ? それですでに役人の間ではルーティンになりつつある。ちょっと変えようと思っても、くだらんサジェッションでバカみたいなことを言う。現場の連中にはものすごくいい発想をしてくるのもいるんだけどね」

まず若者が没個性的でコミュニケーション能力に乏しい。さらには社会が継続性と安定性に支配されているというわけだ。こんな現状で未来はきちんとやってくるのだろうか。

「そうはいっても社会は新しい創意、新鮮なアイデアを求めてますよ。どんな組織でもそう。でなければ滅びていく。俺はいまだに自分の発想力を信じてる。それを得るにはいろんなことをしないといけないんだな。小説を書き続けなければ政治家としての発想は出てこなかったし、政治に携わらなければ小説家としてもとうに終わってたね。俺の同世代はみんなもう書けないけど、俺には書きたい長編の構想が8本ぐらいあるよ。人間ってのは複合的なものでね、ひとつじゃいけないんだ。だから僕は趣味を持ちなさいと言っている。俳句でも犬や鳥を飼うのでもスポーツでもなんでもいいんだ。やり始めると表現の仕方が気になったり、もっと犬をてなずけたいとか、工夫をするようになる。仕事とは一見なんの関係もなくても、工夫することは脳の筋トレみたいになるんだ。刺激されることで萎えてた細胞が生き生きしてきてね」

趣味には本気になるべし。ヨットやハンティング。ゴルフにジャズに秘密のクラブのプロデュース、仕事は作家で政治家で絵も達者…石原さん自身は本業を“石原慎太郎”であると言う。

「職業は、強いて言うなら“人生家”。何にでも夢中になることが大事だね。仕事が手に付かなくたっていい(笑)。仕事より趣味のほうが面白いに決まってるから。“出世しなくてもいいや”って自分で思えるならなんの問題もない。でもさ、趣味に耽溺して、その分野に秀でる人間ってのは、必ず仕事でも抜きん出てくることになるよ」

そして最後に、誰でも少しは小生意気になることができる魔法の言葉。登場人物は石原さんの友人。そして大映の会長だった永田雅一。やり手のワンマン経営者で映画界の父と呼ばれる。

「そいつは永田さんの秘書をやってたんだけど、“あれをやってこれをやってああしてこうしろッ!”っていう永田さんの言葉に、いちいち“まさしくです、おっしゃるとおりですね。ホント石原そうだよなー”って言っておいて、最後に“…ですが社長”って、きっちり自分の意見を言うんだよ。俺、“ですが石原さん”なんてなかなか言われないよ(笑)」

そこから何かが開く可能性はある。

1932年、神戸市須磨区生まれ。一橋大学在学中の56年に『太陽の季節』で第34回芥川賞を受賞。一大ブームを巻き起こし、“太陽族”が生まれることになる。作家としては『化石の森』で芸術選奨文部大臣賞、『生還』で平林たい子文学賞を受賞。映画監督、劇場のプロデュースなどマルチな活躍を見せる。68年、参議院初当選。72年には衆議院に鞍替え出馬、当選を果たす。環境庁長官、運輸大臣を歴任し、議員勤続25年表彰の日に引退。99年、東京都知事となる。現在三期目。芥川賞選考委員も務めている。趣味はヨット、ハンティング、スポーツ観戦(一流のマニアを自認する)など幅広い。オフィシャルサイトは

■編集後記

「僕は一流のスポーツマニアなんですよ、でも選手としては二流…ただヨットに関しては一流かな。たくさん死んだレースで、うちの船は無事に戻ってきたからね」。20代はヨットにも夢中だった。飽くなき向上心で、辛い思いをしながら上を目指した。「そう、我慢だね。(戸塚ヨットスクールの)戸塚宏の説なんだけど、我慢して苦労することが脳幹を鍛え、感性を育てることになる。まったくその通りだと思うね。三島さんも言ってたけど、冷水摩擦して器械体操すればね、結局脳も鍛えられることになるんだよな」

武田篤典(steam)=文
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