「どっぷり仕事してて、ゲラゲラ笑ってた」

岡村隆史

2008.04.03 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 森山雅智(vacans.inc)=写真 photography …
お笑い番組の中でお笑い芸人のしていること

普通は観て笑ってればいいのだ。でも、お笑い芸人が水面下でこんなことをしているということを知っておいてもいい。いや、知らなくてもいいけど。

50分×5教科。結局ダイジェストで流れる程度らしいのだけれど、試験の間もずっとカメラは回っている。

「何が起こるかわかりませんから。そこで起きた出来事から、設定以上のものが見えてくる可能性もある。“うわー、考える気ゼロやわ”とか“集中してへんなー”とか。それによって、後半のいじり方も変わりますからね」

試験を受けている人々の生態を捉えておくのが、カメラと岡村の仕事だ。

「あとは、勝手に僕、裏設定作ってるんです。大人になるとわかりますけど、先生にもかわいい生徒とそうでない生徒がいるんですよね。同じミスしてもめちゃめちゃ怒られるヤツがおる。それを今回は藤森(オリエンタルラジオ)にしました。それで急にメガネをパンパーンって叩いたり、試験中やのに“魚にエサあげろ!”って命令したりとか」

あとは生徒さんたちのがんばり次第。

「とにかく答えを全部書いてほしい。空欄だと笑いも起きないし、点数をもらえることもない…空欄からは何も生まれない。これは名言ですね(笑)」

試験が終了し、採点の段階でいじる回答とその順番を決める。生徒はもちろん、それを知らないし、“何かをしろ”とあらかじめ仕込まれることもない。

「言っておくと、演者ってそれに頭がいって気持ちわる~い空気になるんですよね。撮りたい画がある場合は、撮れるまでしつこく振ります。たとえば、郷さんのカバンの中から、ジャムパンが出てくるんです。“これなんや?”って僕が言うと、郷さんは最初“ジャムパン”って答える。でも“違うでしょ?”と。“これは、何パンですか?”“ジャムパン”“違うでしょ…(ささやくように)ジャパン、ジャパン…”で、郷さんが“ジャパァァ~ン!”(笑)」

“ジャパン”を言うことは決まっていない。それをもらうために延々振るのである。

「いじれるところは、元から決めてあったところはもちろんですけど、現場で派生した部分も、根こそぎいったるという気持ちですね」

なぜなら、その方が面白い素材がたくさん手に入るから…いや、そもそも“なぜなら”とか考えてはいない。それがお笑い番組を作るうえで当然だと、岡村もスタッフも考えているから。

岡村隆史はハードコアな芸人である。

「サークルのつもり」がプロの芸人になるまで

もともとは普通の子だった。一浪して、1日10時間勉強していくつかの大学に受かった。将来は国家公務員のはずだった。ナインティナインになったのは、高校時代のサッカー部の後輩・矢部浩之に誘われたのがきっかけ。

「まあ大学のサークル入るような感じで、養成所に行ったわけです」

ふたりは、若手が中心に出演する『心斎橋二丁目劇場』の“アマチュアナイト”的なイベントで優勝。舞台に出るようになる。91年には、雨上がり決死隊やFUJIWARAらとともに吉本印天然素材というユニットの一員に。ダンスを取り入れた舞台で、アイドル的な人気を得るようになる。天然素材の冠番組も東京ローカルでスタート。

「後楽園ホールで収録してたんですけど、若い女の子に“キャ~ッ”って言われてて。でもホールを一歩出たら誰も僕らを知らない。で、もっとテレビに出たいって思ったんです。それがこの世界での最初の意欲ですね」

もはやサークルではなかったけど、プロでもなかった。天然素材が徐々に認知を得ていったある日、ナインティナインだけがフジテレビに呼ばれる。

『新しい波』。若手芸人がたっぷりネタを見せられる番組だった。

「ここで火ィつけられました。たぶんエライねんやろなっていう、アディダスのベンチコート着た人が来て僕の肩もみながら“これはフジテレビと今後仲良く仕事していけるかどうかを見極める番組だから、まあがんばって!”って(笑)」…それが吉田正樹。『夢で逢えたら』のディレクターを務め、後に、『とぶくすり』をプロデュースする。

「次の人に“オハヨウゴザイマス!”ってあいさつしたら、いきなり“160センチないでしょ?”って(笑)…なんやねん、東京! あいさつなしで身長をいじんねや」…それが片岡飛鳥。『とぶくすり』から『めちゃイケ』まで手がけることになる、まさしくお笑い原理主義者と呼ぶにふさわしい男。

「後日、飛鳥さんが大阪へ来て。一緒にネタを考えたんですよ。“もっとほかにパターンないかな?”“じゃあこんな…”“そっちがいいんじゃない?”って。30分の番組でやるネタを作るのに、たぶん13~14時間。こんな人いませんでした。この番組で、確かに手応えがあったし、面白いとも言われたんです」

まだ大阪在住だった岡村は、東京に来たときにはフジテレビに行き、片岡らと話しあっていたという。

「一応ボケなあかんねやろなと思って、ホテルの聖書持っていったりして(笑)。普通にひとりでスタッフルームにいました。やりたい番組の話とかしながら。『夢で逢えたら』みたいなコント番組って言ってたのが現実味を帯びてきて、『とぶくすり』になるんですが…」

ナインティナイン、よゐこ、極楽とんぼに光浦靖子らで93年4月に始まる。

「忘れもしない、最初がアリのスタジオコント! 現場がクスリとも笑わないんです。“天然素材ではウケるかもしれないけど、いまのどういうつもりのボケ?”って言われて、謝るしかないんですね。“…面白いと…思って”“もうちょっとちゃんと考えようよ”って。前日、前々日ぐらいにみんな集まって14~15時間かけながら作って練習して。でも台本通りじゃなくて自分の意志を隠し持っとくんです。で、いざやってみると…“もう1回いこうか!”って。でも、もうボケがない。地獄ですよ。そこで言われたのが“そうじゃなくて、ここにある壁をいかにうまく使うかを考えた方がいい”っていうこと。で、考えるんです。“たとえば志村(けん)さんやったら、この壁に頭をぶつける場合、どうしはるやろ?”って。そうしてやったことがウケると本当にうれしい。見えてなかったものが見えてくるんですよね。“あーこっちが正解か”と」

学校のような場所だったという。

「このころにほぼ全員ボッコボコにされてますからね。“ちんぴら芸人が、何をコント番組とか言うとんねん!”みたいな感じで。ほんまにみんなで考えて、その場で前に“出る/出えへん”みたいな空気もわかるようになって」

この番組をルーツに、95年10月『めちゃ2モテたいッ!』がスタートする。

土曜23時、『夢で逢えたら』を放送していた“伝説の枠”である。ときに岡村隆史、「ほんまにどっぷり仕事のことしか考えてなかったですねー」という25歳。翌年にはめちゃモテは枠を変え『めちゃ2イケてるッ!』へとリニューアルする。めでたしめでたし、ではない。いろいろあったのだ。“おしゃれ番組”を標榜するめちゃモテのカラーとまったくソリが合わずにいつもイライラしていたこと。めちゃイケでも、初期のあるコーナーではボケを禁じられ、監督と一触即発だったこと。

「そういうなかでなんか1個“仕事したなあ!”って思えるものが出てきて。めちゃモテでいうなら、『ヨモギダ少年愚連隊』の前身。ロケバスに乗ってヤイヤイ言いながら何かするようなロケとかね。“うわ! おもろかった”っていうロケができるようになってきたんですよね。ああ、こういうことができたらええねやんって」

めちゃイケはいまも面白いまま続いている。岡村隆史に至ってはなぜか知らねど、昔よりも動きがキレてる始末。

「ああ、でも25歳ねー。ゲラゲラ笑ってたなあ。仕事ばっかりどっぷりしてたし情緒不安定やったけど、ゲラゲラ笑ってたなあ…こんな話で、みんな共感してくれますかね(笑)」

1970年7月3日大阪生まれ。ナインティナインのボケ担当。中学時代は大阪屈指のブレイクダンスチームで活躍。高校時代のサッカー部の後輩・矢部浩之とともに90年、NSC(吉本総合芸能学院)入り。翌年、雨上がり決死隊、FUJIWARA、バッファロー吾郎らと吉本印天然素材を結成。92年には第13回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞受賞。このころ出演した『新しい波』(CX)から発展した『とぶくすり』『とぶくすりZ』『めちゃ2モテたいッ!』を経て『めちゃ2イケてるッ!』に出演中。『オールナイトニッポン』(LF)、『ぐるぐるナインティナイン』(NTV)は94年から、といずれも長寿。99年、01年には単独で香港映画『無問題/2』に主演。『めちゃ2イケてるッ! 春スペシャル めちゃ2イケメン♂パラダイス学園~男子校~抜き打ち期末テスト』が4月5日(土)フジテレビで放送

■編集後記

めちゃモテが25歳のとき。この“新番組”では、コントが禁じられていた。「アメリカのダイナーみたいなセットで、カチャカチャ音を立てながらトークしていて。“こんなことを伝説の枠でやりたない!”って、監督とガチン! ぶつかりました。トンガリさんでしたねえ(笑)」。続くめちゃイケでもぶつかる。「新しいことが始まるときはなんかあるんですね。もう…壊れなかったのはひとえに監督が大人だったから。いまも酔っぱらうと“殺してやろうと思った”って言われますもん(笑)」

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
森山雅智(vacans.inc)=写真
photography MASATOMO MORIYAMA

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