「いちばんの武器は、自信」

スガ シカオ

2006.09.14 THU

ロングインタビュー


平山雄一=文 text YUICHI HIRAYAMA サコカメラ=写真 photography SACO CAMERA 大村鉄也…
自信に満ちあふれていた。根拠は、なかった

「高校のころからハンパない数のCDを聴いてた。自分は天才だと思っていたので、デビューしないのは日本音楽界にとって大損失。ということで、28才の終りに退社しました。自分ほどの音楽性があれば、日本制覇なんてどうってことない。ビビるべきは世界進出ってくらいの勢いで。具体的にどうやってデビューするかは退社してからゆっくり考えようと(笑)」

大物感たっぷりの人生の転機。が、自信満々に見えて、深い葛藤も抱えていたことを告白する。

「女にモテるのも、クライアントに受けるのも、大事なのは自信。とくに女性は、自信があるかないかをいちばん見ていると思う。女にモテないのは自信がないからだよね、それってそのころのオレのことなんだけど。一応、強いこと言うには言うけど、カラ威張り。ちゃんと柱がない自信だった」

女性に関してはともかく、音楽に関してはとてつもない自信があった。

「だってオレが好きだったソウルとかファンクは、“これをやっちゃ卑怯だろ”っていうぐらいカッコいいジャンルだったからね」

デビューに向かって突き進む。

「会社から引き止められましたよ、課長にしてやるって言われて。こっそり社則を読んだら、課長になっても給料は月700円しか上がらない。オレの価値はそんなもんかよ、だったら辞めてやるって」

いよいよ本格的なデモテープ作りを開始した。その途端、父親の仕事を手伝わなければならない事態が発生。

「当時、完成していたオリジナルは3曲だけ。(その後所属した)レコード会社からデビューまでに最低50曲用意しろって言われてたのに、1年間で結局7曲しかできなかった。デビューの日時が決まって、あわててまた曲を作って、ようやく間に合わせた」

上がったり下がったりの乱高下を繰り返しながらも、30歳目前のスガは着実にアーティストの道を歩み始めたのだった。

蓄えゼロの自転車操業。だからつねに新鮮だった

「デビューはうれしかったですよ。誰もやったことのない音楽やってんだから、必然的に女の子にモテる。モテモテで、人間って何股ぐらいかけられるんだろうって、本気で心配してました(笑)」

ついに天才はデビューを果たす。モテモテのバラ色人生が始まるはずだった。

「すごい自信家だったのに、デビューしたら急に普通の人に戻っちゃった。同期ですごい数の男性ボーカリストがデビューしていて、雑誌に小さい記事しか載らない。これはマズイ。オレは大丈夫かって(笑)。それからは、立ち直るなんてもんじゃない、地獄のスケジュールが待ってた。デビュー後、3、4年間は雑誌取材、ラジオ番組、レコーディングで考える時間もなかった」

地獄のスケジュールがかえって効を奏し、夢中で作ったセカンド・アルバム『FAMILY』で早くも高い評価を得る。このアルバムには「愛について」や「リンゴ・ジュース」など、代表作となる楽曲が多く含まれていた。

「全然ストックがないところから始まったので、すべて新しく書き下ろさなくてはならない。さらなる地獄のスケジュールが待っていた」

とはいえ、作ってすぐに発表される楽曲群は常にフレッシュで、スガが時代と同時進行で才能を表わしていく様子は実にスリリングだった。やがて98 年、スガが作詞した『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)のエンディングテーマ「夜空ノムコウ」が大ヒット。一躍、注目を集めることになった。

「『夜空ノムコウ』は締め切りを忘れてて、飛行機の中で書いた」

頼むから締め切り忘れるなぁ、と言いたくなる。が、このあたりでスガはすっかり自信を取り戻した。“歩き出すことさえも いちいちためらうくせに つまらない常識など つぶせると思ってた”というフレーズは《ナイーブな自信家》スガ シカオの姿とぴったり重なる。考えるヒマもない忙しさがプラスになり、矛盾を抱えた彼自身の内面がストレートに歌詞に表われるようになったのだった。

半径100mの世界。リアルを踏まえたポップ

それにしてもスガ シカオというアーティストは、常に旬な歌を提供してくれるイメージがある。独特の歌の語り口に含まれる事象が、ぴったりの今を感じさせてくれるのだ。たとえば「リンゴ・ジュース」という歌はナイフを使う少年の犯罪心理を描いていて、衝撃的だった。そのあたりの勘が抜群だと思っていたら、「あれはね、事件が起こる前にできてたんですよ。ところが実際にバタフライナイフを使った事件が起こってしまって、本当は1stアルバムに入るはずだったのが、発表を延期せざるを得なかった。迷惑しました」。

他にも現実を追いこしてしまった曲がいくつもあるという。だが予言というのは当たらない。

「20代のころからニュースを読むのが大好きで。今はケータイで新聞を3紙取ってる。テレビは最近まで持ってなかったし、ほとんど見ないです」

モバイルでニュースをチェックする毎日。スガの作品がポップスとして異例の苦さを含むのは、こうしたリアルを踏まえているからだ。

「良くも悪くも、世の中の空気が自然と自分に入っている証拠。うれしいことですけどね」

ニューアルバム『PARADE』中の「19才」などの曲にも、そうした鋭いニュース感覚が濃厚に漂っている。それでも特に社会問題に関しては「歌詞は酔っ払って書いてるとはいえ、生死に関わることや、自分のダークな面はなるべく出さないように気を付けてます。自分の身の回り100mの範囲内のことで収めようと」。

このジャーナリスト感覚はどこから生まれたのだろう。

「高校生のころから、黒い音楽しか好きじゃなかった。モータウン、サザンソウル、ファンクの影響を強く受けてます。黒人音楽って、社会問題とエロティシズムにかかわるものばかり。歌ってそういうものだと思ってきた」

さらりと言ってのけるタッチに、黒っぽいクールさがあふれていたりする。もちろんスガは黒人音楽にあるエロティシズムの部分も、きっちり引き継いでいる。「38分15秒」という曲では、なんとテレフォンセックスがセンスよく描かれていて、どっきり。

「歌詞は一晩で一気に書いてしまうので、書いてる途中で“あ、そろそろ始めないとパンツ下ろしてる途中で曲が終っちゃうぞ”なんて考えながら作ってます(笑)」

まさに王道を行く構え。それでも「自分が好きなブラックミュージックは70年代後半で終ってる。なので、もう新しいものは出てこない。さすがに飽きてきたかな。だったら自分で新しいものを作っていこうと思ってます」と進化を考えている。

「最近、30代後半になって、ようやくロックが聴けるようになった。前はビートルズも聴けなかったから、少しは器が広がった」とも。

今、25歳の自分に会ったら、どんな言葉をかけてあげますか? と聞くと、「自信がいちばんの武器だと思う。自信を持つために努力しろって言いたいね。ただ、25歳でたっぷり自信があったりすると、腹立ちます(笑)。年相応の自信を持ってやれてれば、いいんじゃないですか」

来年でデビューして10年になる。突っ走りつつ、もうひと言。

「人間、才能のないことをやるのが、いちばんツラい!」

これがスガ シカオ流の愛の言葉なのだった。

東京都出身。高校時代に黒人音楽に触れ、大いに影響を受ける。大学卒業後は制作会社に就職。会社員としてもファンクバンドのボーカルとしても活躍する。4年で退社。デモテープ作成生活を経て、インディーズCDをリリース。97年2月シングル「ヒットチャートをかけぬけろ」でデビュー。同年9月アルバム『Clover』をリリース。9月6日発売の『PARADE』は通算8枚目のオリジナルアルバム。デビュー10周年のライブツアーも10月19日、栃木県総合文化センターからスタート。

■編集後記

パンクやアバンギャルド系のバンドをやっていた高校時代に、ブラックミュージックと運命の出会いを果す。以来、「デビューするまで白人のCDを買ったことがない」。ブラック一直線。「このジャンルをやれば、オレもカッコよくなれる」と確信し、機会をうかがっていた。だがフライング・キッズに先を越されて一時挫折。再チャレンジに向かって態勢を立て直しつつ、サラリーマンに…。高齢デビューが話題になったが、スガが好例となり、さほど珍しい事例ではなくなった。

平山雄一=文
text YUICHI HIRAYAMA
サコカメラ=写真
photography SACO CAMERA
大村鉄也(Commune)=スタイリング
styling TETSUYA OMURA
宮本由樹(CUBE)=ヘア&メイク
hair & make-up YUKI MIYAMOTO

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