「居場所なんてどこでもいいんですよ…あ、でも」

安齋 肇

2006.11.16 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 松尾 修(STUH)=写真 photography OSAMU M…
行ってみると面白い。日本は広いのである

「設立当初は雑誌をメインにした協会だったんですよ…協会じゃないし、設立っていっても飲み屋で話しただけだけど(笑)。最初は観光地に銅像を建てようとか、いやげもの(=誰がこんなもん買うんだ、という不敵なみやげもの)を作ろうとか、欲張ったことを考えてました。視察地(!?)もみうらくんが計画立てて。でもテレビが入ることになって、二人とも行き先を知らない方が面白いだろうって。じゃないと、僕ら、単に説明する人間になっちゃうから」

そう、全然説明しない。カメラは、そうして長髪の男二人が観光地をペタペタ歩いてしゃべるさまを収めてゆく。

「ずーっと撮ってるんです。車の中のエロ話も、人の悪口も。いやでしょ?(笑) やめてほしいんですよ。ホントはもっとのびのびしたいんですよ」

おみやげ屋のエロカードや、神社のご神体にえらく興奮し、逆にテレビだからって1デシベルたりとて余分に声を張る様子はない。画面に映るKKKはとってものびのびして見える。

「いやいやできませんよ(笑)、世間体がありますもん。カメラが回ってないときはもっとゆるかったですもん」

たとえばみうらじゅんは、夏場の車内では上半身裸&靴下オフ。脱いだ靴下の定位置は前のシートの背だったらしい。ずっとカメラが回っているのは、もちろん、みうらじゅんをお行儀よくさせるためではない。旅のポイントがどこにくるかわからないからである。

「ホントに目的なくて。行ってみると、通りだけでも面白いんです。歩いてるといろんな人がいるし、お店という“展示”もある。ある病院の駐車場に“患者”って書かれた札があったんですけど、その場所は患者しか停められないんですよね。なんか患者がすごく堂々としてて、そういうのだけでもおかしいし。日常的にそこにいる人には気にならないことに、よそ者だから気づくんじゃないかなあ」

旅の思い出話(1) 秋田の人は優しかった。それはたぶん、幼少のころのなまはげ体験で、長髪に慣れているから。しかしなまはげはこわかった。日本家屋の仕組みを見事に生かしたこわさ。

旅の思い出話(2) ある県ではフェリーに乗るとき、小学生に“びーとるずだ!”“びーとるずが二人いる!”と追い掛け回され、背後から携帯で撮られた。おそらくリーダー格の小学生の脳内では“変な大人”プラス“長髪”イコール“びーとるず”なのではないか。ただ、あれほどの人気は未経験だった。

「観光地はかわいそうなんです。心無い観光客にボロボロにされてるから、心を閉ざしてるの。なかなか打ち解けてくれない。テレビとは思えない小さい機材だから、まだ普通に行けるんですよね。邪険にされたりして、それも映ってしまうから面白い。行って見なければわからないことって、いっぱいあるんですよ。ホントにね、不思議なところが多いですよ。日本は広い」

なかなか国内あちこち旅する人はいないですからね、と言うと「僕だって行きたくないもん。みうらくんは昔から旅好きで、たまたまそういう人間と知り合っちゃったもんだから、そそのかされてるだけで。本当なら僕は家にいて、ごろんとしていたいんだ(笑)」。

流されているのである。

「そうこうするうちに」、「誰かが」引っ張ってゆく

安齋肇の本業はイラストレーターであり、デザイナーである。日本航空のリゾッチャだとか田中康夫のヤッシーだとかの産みの親である。その本業だって、そもそもは流れのままに…。

「まったくそうです、ずーっとそう。自分の決断ってあんまりないんです」

絵を志したのは、自分の決断だった。父上は肖像画家でもあり、絵を描くのは好きだった。そんな小学生のある日。

「“年賀状に馬の絵が描きたいんだけど、うまく描けないの。安齋くん描いて”って好きな女の子に頼まれたんですよ。人前で描くのは恥ずかしかったんだけど、がんばって初めて描いたら、すごく喜ばれて。ちゃんと年賀状も来て、“安齋くん、馬の絵教えてくれてありがとう”って一言書いてあったんですよ。うわーっ、絵を描いて人がこんなに喜ぶんだ! って。ましてや好きな女の子だぞ! それが最初。なんだかちょっと儲けたって思いました」

絵を描く関係の仕事っていいな! 小さな種はともかくまかれた。

「絵は上手じゃなかったけど、ごまかすのがうまいんですよ(笑)。うまそうに見せる。図工の時間でも、とにかく早く終えて別のことをしたい。だから早く描かなくちゃいけないでしょ。明らかに手数が少ないのを、いかに上手く見せるか(笑)。とにかく根気と集中力がなかったんです。今もそうだけど。一所懸命短い時間で…30分ぐらい仕事をやって、休憩3時間みたいな。まあそうやって絵をごまかすことでね、たぶん自分の気持ちもごまかしてきたんだと思うんですけど…何もこんなところでコクらなくていいのか(照笑)」

高校入学が69年。70年安保の学生運動のさなか、現実社会のイヤな面をつぶさに見た。モチベーションはみるみる萎み、一浪。翌年、あとはもう就職、というところで桑沢デザイン研究所に進学。社会に出る時間を稼ぐために、大学でいうところの“院”に進もうとするも失敗。籍はないのに、「何もしたくないから」という理由で授業に。

そうこうするうち(その1)、仲間に声を掛けられ『グラフィックツアースーパーマーケット』というデザイン会社をいきなり設立。ときは70年代半ば、サークル的なデザインスタジオがカッコよかったのだ。だがすぐに消滅。

そうこうするうち(その2)、彼女に「そろそろ働けば」と言われ、『麹谷・入江デザイン室』に入社。農協牛乳のパッケージを作った会社だ。ここでひょんなことから象印の象のマークをデザイン。23歳から3年働く。「20代はやりたいことが見つからなかった。その焦りはすごくありました。ミュージシャンなら、天才と呼ばれる人たちは10代で才能を発揮して20代の半ば死んでますから。絵を描く人でも…ピカソの子ども時代のデッサンなんて大人も追いつけないレベルでしょ。自分は今ごろなんでこんなことしてるんだろうと。ほんのりとあった絵に対する自信はもうなくなってましたね」

そうこうするうち(その3)友人とカナダ旅行。自然に目覚めて仕事を辞める。日本の山小屋で居候するうち(その4)、“その1”時代の友人から声を掛けられ、SMSレコードデザイン室に勤務する。結局ここでは3年間。

「ドリフの『ヒゲダンス』のジャケットの裏に切り取り式のヒゲをつけたときは誉められましたね(笑)。あとはずっと怒られっぱなし。でもね、人に注意されたり否定されたりするところには意味があるじゃないですか。その方がやりがいがある。だんだんうまくできるようになってくると、つまらなくなるんですね。だったらほかの人でもできるんじゃないかなって。ほかのところでがんばってみようかなと」

フリーになったのが29歳。以来、どこにも属していない。

「唯一、自分で判断してることがあるとしたら、やめることですね。そこに関しては自分を通す。居場所なんてどこでもいいんですよ。別に僕、イラストレーターが最終目的だと思ってないし。ゴールというものが、あんまりないんですよ。だからどこに行ってもいいし、どこで働いてもいい。だけどイヤだったらやめる。煮詰まったらそこは自分の居場所じゃないって思うんです。その見切りが3年ぐらいなんですよ」

好きな言葉は「目標は低く小さく、低いハードルをペタペタと越えてゆく。それが続けられるコツだ」。先人ではなく後輩・奥田民生の言葉である。でも。

「昨日ね、感動しちゃった。事務所の引っ越ししたんです。エレベーターのない3階から、本の入ったすごい重い段ボール箱を何個も抱えて、引っ越し屋さんが駆け下りていくんですよ。そのうち、その人から部室みたいなにおいしてきて。久々に嗅いだなあって(笑)。めちゃくちゃかっこよかった。これからは僕も汗かいていかないとなあって思いました。デザインもね、いまの100倍ぐらい汗かくぐらいの、くどいものをやりたいですねー」

1953年12月21日、東京生まれ。桑沢デザイン研究所を経て、76年『麹谷・入江デザイン室』入社。象印のロゴ、マーク一式をアシスト。79年よりSMSレコードデザイン室勤務。数多の企画ものレコードジャケットをデザイン。代表作はジャケット裏にヒゲを配した「ヒゲダンスのテーマ」。82年よりフリー。日本航空のリゾッチャや田中康夫の個人キャラクター、ヤッシーなどを手がける。92年より『タモリ倶楽部』の「空耳アワー」に“ソラミミスト”として出演。97年、勝手に観光協会設立。精力的に日本全土の視察活動を展開する。SKY PerfecTV!のch.275のEXエンタテイメントにて不定期隔週土曜放送中。DVDのVol.3、Vol.4は10月25日にリリースされたばかり。 また、NHK『みんなのうた』12月、1月のうたに決定! 自身が歌い、アニメーションする「ホャホャラー」は年末ソングとなるのか!?

■編集後記

20代のやりたいことへの渇望は30代半ばで癒される。独立しても仕事の内容はフリーではなかった。そこで決心した。「“これが最後の作品です”っていえるようなものを作ってみようって」。それが左のツアーパンフ。「やったら気持ちが楽になった。その次も必死になれたんです。仕事に関して人に本気で怒れるようになったのは、それから。前はどこかに逃げ場があったんですよね。本気がかっこ悪いっていう…いまは、やっぱ本気は恥ずかしいかなあ(笑)」

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
松尾 修(STUH)=写真
photography OSAMU MATSUO

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