「自分の可能性は自分が信用してあげたい」

豊川悦司

2007.01.05 FRI

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA 関 …
キャラクターの旅の振幅が大きいほど面白い

映画は殺人から始まる。主人公・菊治は、冬香(寺島しのぶ)がセックスの絶頂時に漏らした「殺して」という願いを、まさにかなえるのである。

かつて恋愛小説の旗手といわれ、いまはくすぶっている菊治と、彼の作品の一ファンだった冬香。ふたりがいかにして出会い、殺人に至ったのか。回想を挿入しつつ、「愛ゆえに殺した」という菊治と、それを裁こうとする法との争いが描かれてゆく。

回想シーンでの、恋する少年そのものの菊治と、犯した罪を裁かれる菊治のあいだには、大きな隔たりがある。

「もともとギャップがある役が好きなんですよ。キャラクターが1本の映画のなかで、旅をするその振幅が大きいような役が面白い。菊治も自分のなかでは好きなタイプのキャラクターですね。もちろん、監督といろいろイメージを交換しながらなんですが、菊治の、恋愛をスタートさせたころの無邪気なはしゃぎっぷりみたいなものも、その後に彼を待ち受けるいろんなこととのあいだに距離感があった方がいいと。ならば菊治に…本当はそこまでしないかもしれないけれども、これぐらいやらせてみた方が面白いんじゃないかな、っていう作り方をしていった」

彼女からのメールが来てすごくうれしくて返信し、返事が来るのを待ち焦がれ、来たら来たで、床に寝転がってまた返信…中学生みたいなのである。

「今、僕は44歳で、自分の実年齢からいうと子どもっぽい人間じゃないかと思うんですが、“オッサン”をきちっと初恋の時代に返してやろうというのかなあ…その作業は面白かったですよ」

冬香が街の中を歩くシーンがある。真っ白なワンピースで周囲から浮かび上がって見える。中年男の初恋っぽい視点をカメラが作り出しているのだ。

「二人がカフェで話すシーンでもそうなんですけど、ミラーショットでバックに雑踏が映っています。エキストラで作ったものではなく、そのときのリアルな雑踏なんです。それを映すことによって“この恋が決して特殊なものではなく、その辺にごく普通にあるものなんだよ“みんなで共有できるものなんだよ”っていう効果をすごく出してた気がしてて。鶴橋(康夫・監督)さんってすごいなって、改めて思ったりもしました」

自分の可能性を他人に委ねてみる

今回演じた菊治は、ある種のダメ男である。『妖怪大戦争』のときは魔人を、『北の零年』では北海道の先住民を演じた。役の幅は広い。ここ3年ほど、“初めて組む監督”ということを、テーマに据えて仕事をしてきた結果らしい。役の大小やキャラクターの如何によらず、“初めて”を重視してきた。それで出演作がずいぶん増えたと笑う。

「変化がほしかった…のかな。自分のイメージに限界があるということを、だんだん感じるようになってきたんです。ずっと自分の勘みたいなもので仕事を選んだりしてたんですが、それすらも他人に任せてみる。役者は素材であると思ってるんですが、この人だったら、僕という素材をどう見るのかなと、そっちの方に興味が出てきた。単純に考えて面白いじゃないですか。自分だけだったら、技術的なことも含めて“できないかなあ”とか“イメージ的にどうなんだろう”、とか思ってしまう。本質的な“演技をする”という以外のことが、選択の理由にすり替わってしまっている気がしてきたんです。そこに客観性をもたせるには、他人のイメージを信頼することだと僕は思う。僕の過去の出演作品を見て、監督やプロデューサーなりの論理でそれぞれのキャラクターとの接点を、見つけてるわけでしょう。その作業は僕の思い知らぬところで行われてるわけで。そこが面白いなあと思って」

30代後半から、少しずつドラマの演出も手がけ始めた。スタッフの側に立つことで、生じた意識だという。

「カメラサイドに行くことで、カメラのこっち側にいる自分のことをすごく客観視できるようになった。それは俳優っていう仕事も含めてね。同時に、監督やスタッフたちが俳優をどう見ているかとか、“このシーンのこの演技をこういうふうに見るんだ”とか…いまの自分のポジションを俯瞰することができるようになってきたんです。そうすることで、カメラの向こう側の人々にすごく信頼が置けるようになった。他人が、どれだけ自分の可能性を広げてくれるんだろうか、っていう…」

20年以上も俳優を続けてきてなお、スタンスは結構ゆるい。自由である。

でも、ゆるぎないところがある。

「いまの仕事がすべてだとは全然思えなくて、むしろあと5年、10年たったら何してるか全然わからない。年齢を経てキャリアを経ても、まだまだ自分の可能性は自分が信用してあげたい」

出会って作って別れる。つきぬけず、花開かず

豊川悦司のキャリアの始まりは大学生のとき。文学部美学科というところに入るのだが、このときも「就職先が見えない学部に行こうと思ったんですよね。知らないことと出合いたかったんだろうし、知らないことをやりたかったんでしょうね」。

ここで彼は演劇と出合う。住んでいた寮の向かい側に演劇部の部室があり、声をかけられたのだという。そして1年後には大学を中退、上京。結果的に20歳から27歳までを、『劇団3○○』の一員として過ごすことになる。

「演劇部が年2回ほど、定期的に公演を打ってたのかな。半年ぐらいして、ある教会で公演をしたんです。舞台と客席を作るところから始めて、演劇部だけどナグリ(金づち)とか持って、大工仕事ばっかりですよ。でもそうやって、全然違うアプローチをしながら、最終的には舞台の上に立つ。そして壊していく作業がすごく面白かったんですよね。何もないところから何かを作って、それも終わるとあとには残らないっていう…もちろん、いま思えばですよ。そのときにはそんなに深く考えていなかった。だからいまも、こういう仕事がすきなのは、知らない人たちがワッと集まって短期間でガッと作って、別れていくっていう…何かそういうのが性に合ってるのかもしれない」

映画の世界に来たのは、劇団を辞めてから。ここがブレイクスルーポイント! …というわけではなく、とくにそのときも大きな考えはなかったという。

「つきぬけてないですね、僕は。1回つきぬけたら、もうつきぬけられないんじゃないかな。“花開く”じゃダメですか? ブレイクスルーだと、ブレイクありきでしょ。花だと、蕾でも美しいし小さな芽でもかわいい。とはいえ花開いてもないな(笑)…あんまりそこには興味ないんですよ。ある時期売れて、いまある程度仕事を選択できる立場に僕がいられることはすごく、本当にラッキーだったと思う」

つきぬけておらず、花開いておらず、つねに変化に対して柔軟な姿勢。

「最初は全部“初めての監督さん”ですよね。そのなかから2回、3回、4回と続けて仕事をする監督さんが出てきて、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目ってお互いを理解することによって、それが作品に投影されていく…そこから一回りした感じなのかな。またいま、この仕事始めたときみたいに、初めての出会いをたくさん体験しようっていうか」…むしろループしているのかもしれない。

1962年生まれ。大阪府出身。91年『12人の優しい日本人』で本格的映画デビュー。93年『きらきらひかる』で日本アカデミー賞新人俳優賞、95年『Love Letter』で日本アカデミー賞助演男優賞を受賞。96年には『八つ墓村』で、02年には『命』で日本アカデミー賞・主演男優賞を受賞。俳優業のみならず、演出や執筆業など多方面で才能を発揮する。愛に溺れる中年の小説家を演じた『愛の流刑地』は1月13日全国東宝系ロードショー。

■編集後記

就職するつもりはなく、将来も「とくに考えていなかった」。もちろん演劇は楽しかったけれど、一方で「学校がいやだっただけかもしれないですね。だってそれまで10年ぐらい授業受けてきてるわけですから。10年も受ければ十分でしょう」。上京したのも、東京に劇団がたくさんあった、という理由もあるが「たぶん、全然関係ないところに自分をおきたいって思ったんでしょうね」。新しい環境に身をおくことで生まれる変化や広がる可能性を楽しむ姿勢は一貫している。

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
photography PEY INADA
関 悠哲=スタイリング
stylist HISANORI SEKI

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト