「すべての道は原点に通じる―」

江口洋介

2007.02.01 THU

ロングインタビュー


上杉純也=文 text JUNYA UESUGI 稲田 平=写真 photography PEY INADA スチーム=編集 …
映画の撮影現場と新宿…それが役者の原点

87年、19歳のときに映画『湘南爆走族』で江口洋介はスクリーンデビューを飾った。だが、芸能界との接点はその前からすでにあったという。

「たまたま映画監督の助監督やってる人と知り合いになれて、映画の撮影現場を見せてもらったりとかしたんですよ。そのうちにその現場で車止めの仕事とかもしたりして…。結局、ちょこちょこ雑用みたいなことをやりながら、制作現場の雰囲気を味わっていたんですね。今思うとけっこうラッキーだったんですけど、そんな経験をさせてもらってるうちに、今まで自分がテレビで観て想像してた芸能界とはまったく違うぞ、と。これはちょっと面白そうだなと思ったのが、芸能界に入るきっかけといえばきっかけですよ」 

単なる憧れだけで芸能人になった人と、江口との違いはここにある。スカウトやオーディションといった派手な道を通っていないことで、逆に、地に足がついていたのだ。「芸能界は華やかな場所だと感じなかったから今があるんじゃないかな」と江口は語るが、つまりはそこに集う人たちの体温を皮膚で感じていたのだろう。

「そのころよく新宿の飲み屋にみんなで集まってたんですよ。そこでは、いろんな映画人と知り合う機会がありました。あの松田優作さんもいたぐらいです。なかにはおっかない監督もいたけど(笑)、そういう人たちから“お前も頑張れ”なんて励まされたりとか。要はみんな映画に対していつもギラギラしてて、いつも熱くなってたんです。そんな場所に20歳ちょい前からいましたから、いわゆる“芸能界”みたいな感覚はこれっぽっちもなかったと思う。あの当時、そこでいろんなアドバイスをもらったことが、今でもすごく財産にはなってます。だから、僕の原点は映画の現場、そして新宿の飲み屋、この二つでしょうね」

この浮足は違う。戸惑った人気ドラマの現場

ちょうどそんなころだったのだ、江口が映画『湘南爆走族』の主役に抜擢されたのは。しかもそこで演じた役名が本名と一文字違いの“江口洋助”。この類似性はまったくの偶然なのだが、当時は大きな反響を呼んだものである。

「“湘爆”はなぜか自分も好きで読んでたんですよ。で、この役は“俺しかいないな”と。役のイメージができてる瞬間みたいなものがあって、オーディションに挑んだっていう覚えがあります。ま、僕の名前が役名と同じだったから、選ばれたというラッキーな部分もあったと思いますけど(笑)」

しかし、映画で一度主役を張ったからといって、それだけで一人前の役者としてやっていけるワケではない。すでにこの世界を熟知していた彼がこう思うのは当然だった。

「第一、あのころはカメラの前に立って何か演技するっていうことに異様な恐怖感がありましたよ。それはやっていくたびに克服してきましたけど、やっぱり、当時、周りにいたスタッフがよかったんでしょうね。“お前、一人でオーディションに行ってこい”って言われて、オーディションに行ったりとかもしましたよ。何度も落とされたりしましたけど、そのたびに“忘れないぞ”と思って、悔しさを噛みしめてましたしね」

当時、思っていたことはただひとつ“いつかやってやる”。“湘爆”以降は当時の若手俳優らしく、刑事ドラマの新人刑事役で走りまくったりもした。別の刑事ドラマでは殉職したこともある。自分を信じ、少しずつではあるが役者として前進する日々。そんな江口に転機が訪れたのは91年1月のことだった。あの大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』に出演したのだ。

「その瞬間にすべて環境がガラッと変わりましたよ。周りにいる人間の数も変わりましたし(笑)。いわゆる“芸能界”という言葉が非常に似合う状況になりましたよ」

この直後には『101回目のプロポーズ』、翌92年には『愛という名のもとに』と話題作への出演が続いた。当然、人気は右肩上がりする。そして迎えた93年4月、ついに連続ドラマで主演を果たすことに。『ひとつ屋根の下』――演じた柏木達也は“あんちゃん”の愛称で多くのファンに親しまれた。客観的にみればこの3年間が江口洋介にとって重要なタームだったといえる。しかし、本人の見方は違った。

「あの当時はトレンディドラマの名残で、全般的にテレビドラマは高視聴率で、盛り上がっていた。そういう部分にみんな憧れていたんでしょうけど、それは“バブル”なんですよ。20歳のころに映画の現場を見ていた僕からしてみれば、“この浮足は違う”と。“オレのはこの流れの中にいて、いいのか?”っていう思いもありましたから。だからこそ、その前の段階が自分の中ではすごく大きかった。僕にとってポイントになった作品はやっぱり『湘南爆走族』なんですよ」

客観的な視点を求めて、原点に回帰する

とはいえ、『ひとつ屋根の下』などのドラマが評価されたことで、一気に主演俳優としての地位を確立したのも事実。ヒットメーカーと呼ばれる制作者とも出会った。この役をやったから次はあの役をやろう…いろんなものを形にしていこうという欲も出てきていた。オーディションに落ちまくった日々はすでに遠い過去になっていた。

「今思えば、91~95年ごろはドンドン突き進んでいて、ほとんど休みなくドラマの撮影をしてました。だけど、27歳のときかな。『ひとつ屋根』の“あんちゃん”のイメージでしか見られていない自分に気づいたんです。で、ふと“このままじゃヤバイな”って思ったんですよ。今までとは違う自分をアピールしたいという欲が出てきたんだけど、気づけばそれができないっていう壁にぶち当たってました」

状況を打破するために、演技のパターンを増やしてみたりもした。だが、一つ壁を乗り越えてもまた次の壁が迫って来る。結局、解決策は“客観的な見方で判断すること”しかなかった。

「自分の演じる役だけでなく、自分自身の立ち位置を一歩引いた目線で眺めてみたり。で、客観的に見れば見るほど“自分が何をしたいのか”とか、また悩むワケです。そうなったら、刺激を求めていろんな人に会ったりとかしてね。とにかく他人の客観的な意見やアドバイスを聞きまくってました。まるで、いろんな映画人からアドバイスを受けた、若き日の自分と同じでしたよ。つまりは困って困って、無意識のうちに原点に回帰していたんです」

30歳手前で悩みに悩んでいた自分。だが、そこを乗り越えた今、新たなスタンスで芝居に取り組む自分がいる。「どれだけ違うものをやるか、あるいはどれだけ自分に近いキャラクターをやるか、それからどれだけ自分というものをアピールしていくかということ、あとはまるっきり違うストーリーの中に溶け込むっていうこと。最近はいろんな考え方で、日々、一つの台本と格闘していますね」

1968年1月1日、東京都生まれ。87年に映画『湘南爆走族』で主演デビュー。以後、『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』『愛という名のもとに』『ひとつ屋根の下』など、90年初頭に出演したフジテレビ系のドラマで圧倒的な人気を獲得。その他の出演作に『救命病棟24時』シリーズ、『白い巨塔』(ともにフジ系)、『逃亡者 RUNAWAY』(TBS系)など多数のドラマに出演。その一方、映画にも積極的に出演し、『スワロウテイル』『竜馬の妻とその夫と愛人』『凶気の桜』『戦国自衛隊1549』などの代表作が、また今後の公開待機作に『アンフェア the movie』『憑神』が控えている。最新作『となり町戦争』(渡辺謙作監督作品)は2月10日(土)より、新宿ガーデンシネマほかにて全国 ロードショー。

■編集後記

あの『ひとつ屋根の下』のパート1がまさに25歳のとき。俳優・江口洋介としては記念碑的作品だが、本人的にはそれからが大変だった。「そこで評価が確立してしまったから、“じゃあ次は何をやろうか”って悩んだワケ。当時は音楽もやってたけど、1回、役者としての形を固めたいなとも思ったから、音楽活動は休止するかなって。自分でも揺れてましたよ」。その一方、売れたことで次々と仕事のオファーは来る。日々、仕事をこなすだけで精一杯の時期だった。

上杉純也=文
text JUNYA UESUGI
稲田 平=写真
photography PEY INADA
スチーム=編集
editorial steam
宇津木 剛=ヘア&メイク
hair & make-up GO UTSUGI

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト