「置かれた状態を受け入れて、努力」

高見沢俊彦

2007.07.19 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 松尾 修(STUH)=写真 photography OSAMU M…
よそのリビングって?エネルギッシュでいる理由

アルフィーではリーダーを務め、詞も曲も書く。ソロでは、詞を他人に委ねた。綾小路 翔の“ヤンキーディスコ歌謡”に、みうらじゅんの“仏像バラッド”、宮藤官九郎の“ご近所バトル・パンク(コント付き)”などなど。ほかにもリリー・フランキーや漫画家の浦沢直樹、つんく♂などが詞を寄せた。

「人間誰しも、隣の家のリビングルームがどうなってるのかって見てみたいでしょ? ここ数年で僕はテレビやラジオの番組を通じていろんなクリエイターの方にお会いしてきましたが、自分以外の音楽家や小説家の方々の“心のリビングルーム”を覗いてみたいと思ったんですね。自分でリビングをレイアウトすると、決まった形になるから…ここにゴジラを置こう。この辺は空けておく、とか。みなさんの違う感性の詞で、自分がアルフィーのクリエイターとして刺激を受けたいなと」

テーマはなし。それでどんなものを出してくるのか。「アルフィーの高見沢」を使っていかなる世界を作り出そうとするのか。まな板なのは、そこだ。本人はある意味、素材になりきった。「何にも言ってないのに、僕のことを書いた詞が集まりましたね。ああ、オレってこう見られているのかと。宮藤くんなんて“高音おじさん”ですからね(笑)。みうらさんは、“森を抜けてお城があると『メリーアン』だけど、お寺があるとこの歌になる”と(笑)」

タイトルは『Kaleidoscope』、万華鏡。「12曲あれば、12通りの高見沢俊彦が出てくるかなと。人はオレをどう思っているのかなと。良くも悪くもいろいろ言われてるのはわかりますけど(笑)、それも全部含めて歌にできたら面白いかなって思ったんです」

詞を書いたクリエイターたちはみな、得意ジャンルで勝負し、それぞれが必殺技を繰り出している。高見沢が自分をポンと投げ出すのは、オトナの余裕。

「アルフィーも今年で33年になりますからね。でもね、余裕というよりは、渋く枯れたくないんです。つねにエネルギッシュでいたい。本来は年齢的にも、50を越えてますから枯れる方が簡単なんですけどね。いわゆる“等身大”だし。それに抵抗してエネルギッシュに行くには、それなりの努力が必要。僕のソロは、そのためのものです。アルフィーをずっと続けていくために、クリエイターとして自分が刺激を受けることが一番かなと思ったんです」

エレキを手にロック道。3人でいるのが自然だから

高見沢俊彦は、厳密にいうとアルフィーのオリジナルメンバーではない。もともと坂崎幸之助、桜井賢らが高校時代に結成した、コンフィデンスという母体のバンドがあった。高見沢は、大学時代、同級生となった2人のこのバンドに入ることになるのだ。そして74年、20歳のときにアルフィーとしてデビュー。中学時代には武道館でレッド・ツェッペリンに熱狂し、高校生のときにはコピーもしていたロック少年だったのに、アルフィーは白のスーツでキメたフォークトリオだったのだ。

「遊び仲間だったんです。学食で声をかけられて、そのままバンドに居ついた。あれよあれよとデビューしたので、3人とも必死じゃなかった。曲は松本隆さんと筒美京平さんの初コンビですよ。デビューに向けては朗らかな感じでしたね。多少のつまずきはあったけど。僕はギターだったのにボーカルになって。それでも“まあいいか”と。あとから入った分、口出ししにくかったし。ハングリーさとは無縁でしたね」

3人でやっていれば楽しかった。それだけ。だが、遊びの延長線上にあったバンドは現実に直面させられる。デビューの翌年、3枚目のシングルが発売中止、レコード会社との契約も解除。楽しいからやっていたのに、目の前に“厳しい”が現れた。普通“じゃあもういいじゃん”なんて思わないものか。「また負けるのか、と思ったんです。僕は中学時代バスケットボール部のキャプテンでした、こう見えても(笑)。これほどまでに何かに打ち込めるかっていうぐらい必死にやってました。3年生の最後の大会、3位決定戦を1点差で負けた。今でもその夢を見るほど。あのときと同じような気持ちになったんですよ。それで僕が2人をオルグし(=たきつけ)たんですね。このままではまずいぞ、と。そこで曲を作ってみることにしたんです。僕ら3人毎日会って、毎日練習してました。原宿の僕の6畳一間のアパートか、クビになったレコード会社のスタジオで」

事務所には所属していたので、他のシンガーのバックバンドなどの手伝いでゴハンは、まあ食えた。20代の半分以上は、そんなふうにして過ごした。

「若いってさ、何しても怖くないよね。全然苦じゃなかった。親のすねもかじったりしてたけど。3人で一緒にやるのが楽しいっていうのが一番でしたから。一人でいるときにはべつの仕事を考えることもあったけど、3人でステージに立つと“ああこれだ!”って」

地道なライブ活動。でもそんな感覚はなかった。79年には高見沢の詞・曲で再デビュー。すぐにはどうにもならなかった、が、完全に楽しかった。

「マネージャーなしで秋田に夜行でコンサートに行くんですけど、“胸にカーネーションをつけた人がいるから、その人にギャラもらって帰ってこい”って。で、また夜行で帰ってくる。遠い異国に行く気分でしたよ。泊まれるときにはシングルルームにエキストラベッド2つ入れて…25のころはちょうどどん底状態。でもそれは味わった方がいいと思うよ。25で頂点極めたヤツにロクなヤツいないから(笑)。30歳で男の成人式を迎えればいいんです! 僕らも28~29ぐらいでなんとかなったし」83年6月、「メリーアン」をリリース。8月の武道館コンサートを経て、大ヒットを記録する。実はその前の年、高見沢はアルフィーのリーダーになっていた。詞と曲を書き、アルフィーの世界観を生み出していたから、自然な流れだった。ファンも徐々にアルフィーにロック的なテイストを求め始めていた。

「あくまでアルフィーはフォークグループだったので、僕もエレキは弾かなかったんです。そのかわりエレアコにエレキの弦を張ってエフェクターを使ってギンギンに弾いてたけど(笑)。そのころにはお客さんが熱狂していて、それに対抗し得る武器が必要だった。で、メンバーも“そこまでやるなら、エレキ持った方がいいよ”って(笑)」

82年に行われた初の野外イベントのタイトルは『ROCK'N'ROLL FIGHTING NIGHT』…もはやフォークのフォの字もない。ともかくそこで高見沢は「来年すごいことをやる」と、ファンに宣言する。

「なんにも考えてなかったですね。自分たちのなかではそこでの何千人という集客が頂点で。その先はなんにも思いつかなかった。だから“やるぞー”とだけ、言っちゃったんです」

結果的にそれが翌年の武道館になり、「メリーアン」のヒットへと続く―結局のところ、今回の16年ぶりのソロ・アルバムと同じ。バンドであり続けるための新たな刺激。

「最初からずっとアルフィーを続けようと思ってました。それが自然なんです。3人ともソロで何十年もできる弾はない。僕ってド派手ですけど(笑)、これも2人がいるからできること。3人の対比ですよ。そもそもソロでこれやってたら、ヘンじゃない? よくいうんですが僕らの関係は“ぬるま湯”。いい表現じゃないかもしれないけど、ぬるま湯ほどむずかしいものはないんですよ(笑)。熱かったら冷まさないといけないし、冷たかったら焚かないといけない。つねに人肌をキープするわけですから」

なんとなく始めて“まあいいか”と思っていた。そんな気持ちは完全に昔話だ。

「入口は流れですけどね。置かれた立場のことを一所懸命やったのかな。会社もそうじゃないですか? 配属された部署がイヤでも、とりあえずやんないと、認められる機会はないですもんね。僕サラリーマンじゃないですけど。25ってそんなもんでしょ。必死にアピールすることはないけど、置かれた状態を受け入れて最大限の努力をすると。僕だってエレアコにエレキ弦張って弾いたわけだし。あー、違うかな(笑)」

1954年、埼玉県生まれ。アルフィーのリーダーであり、詞・曲、エレキギター、ピアノ、プロデュースを務める。明治学院大学在学中の74年、坂崎幸之助、桜井賢とともにアイドルフォークバンドALFIEとしてシングル「夏しぐれ」でデビュー。翌年、3作目の発売中止を受けてレコード会社との契約を解除。79年、ALFEE(アルフィー)として「ラブレター」で再デビュー。これ以降、アルフィーの詞と曲は高見沢の担当になる。83年リリースの「メリーアン」がオリコンベスト10にランクインする大ヒット。「アルフィーのバンドとしての地位を不動のものにする。91年には初のソロアルバム『主義-ism:』をリリース。ロンドンレコーディングでプロデュースワークを学ぶ。そして07年、2枚目のオリジナル・ソロ・アルバム『Kaleidoscope』をリリース。綾小路翔、つんく♂、みうらじゅん、浦沢直樹、リリー・フランキーなど、各界の才人とコラボ。「アルフィーの高見沢」イメージのスクラップ&リビルドに挑戦している。

■編集後記

ハタチでデビュー。すでに「勝負は10年後だ」と思っていた。「成人式です。学校の友達はパーティのことで浮かれてたんだけど、その日、僕らは遊園地での営業が入ってた。仕事終えて僕と桜井は新宿の高層ホテルのパーティ会場に行ったんです。女の子は晴れ着で男はスーツ、俺たちはジーパンでギターケース。差を感じた。帰り際、桜井に“20歳なんてまだガキじゃん。でも30歳はえらい違いじゃん、10年後目指して俺たちはがんばろうぜ”って、酔った勢いで(笑)」

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
松尾 修(STUH)=写真
photography OSAMU MATSUO
野原ゆかり=ヘア&メイク
hair & make-up YUKARI NOHARA
相良ひろみ=スタイリング
styling HIROMI SAGARA

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト