「マイノリティにも哲学はある」

田口トモロヲ

2007.09.13 THU

ロングインタビュー


藤井たかの(steam)=文 text TAKANO FUJII 稲田 平=写真 photography PEY INADA
記号的な役は演じないヤクザなりの“倦怠感”を表現

「役者をしているのは変身願望があるからです。たとえ疑似であっても、自分の知らない世界を違う人の目線で覗くことができる。それが俳優の醍醐味です。人間の一生でヤクザになれることもそうないことでしょ」

映画『M』は、夫・秀之(大森南朋)と息子の3人で平穏に暮らす主婦・聡子(美元)が、出会い系サイトをきっかけに抜けられない泥沼にハマっていく物語。秀之はアダルトサイトの画像のなかに、妻そっくりの女性を発見し、「妻が浮気しているのでは? 」との妄想に支配される。じつは聡子は田口トモロヲ演じるヤクザの俵(たわら)に捕まり、売春を強要されていた。殺されるという恐怖のなかで快楽に目覚めていく聡子。そこに、聡子の売春をやめさせようとする青年・稔(高良健吾)が現れ、物語は加速する。

「今回の役は人妻をたぶらかして商売道具にする、非常に分かりやすいヤクザです。だからこそ、“記号的”なヤクザにはしなかった」

怒鳴り、罵倒し、聡子の首を絞める。俵は情け容赦ないキング・オブ・ヤクザに見えるが、本人の解釈は違った。

「俵はヤクザとしてはツメが甘い。聡子を脅すときも、どんな態度をとれば、相手が恐れるかを知り尽くしていて、パターン化してる。脅迫という行為を新鮮味なくやっています。そのあたりの“倦怠感”を表現したいと思いました」

結末につなげる伏線のため、あえて微妙な「余白」を表現したのだ。

「廣木隆一監督の作品は非常にナチュラルで、見方によって多面的に見える役どころが多いんです」

捕らわれた聡子を助けに行く俵は父親的であり、純愛のようにも映る。また、若手の役者との共演が刺激になった。

「聡子の首を絞めるシーンで、“もっと強く絞めてください。そうしないと感情が表現できないから”、と美元さんに言われ、かなり本気で絞めました。技術では追いつけない部分を感情として噴出させようとする、その真剣な姿勢に“純度”の高さを感じました」

役者を始めたころの自身の姿に重なる。リハーサルから本気でやり過ぎて、カメラマンに怒られたりもした。20代後半~30代、強い衝動にかられ、自分だけの表現を模索していた時代。

裸になれなくてなにが表現だ!極限まで己をさらけ出した

10代のころから新宿や渋谷の映画館に出かけ、大島渚や今村昌平の映画にハマる。田中邦衛や佐藤 慶など、“顔力”のある脇役に憧れた。同時に性の目覚めも手伝い、モンモンとした青春を送った。まさに文科系男子の王道である。

「マニアックなものに魅かれるんです。20代の時にカルトな本を集めていて、必ず同じ本を3冊買ってました。1冊は鑑賞用、2冊目は保存用、3冊目は貸し出し用(笑)。日陰に置かれて売れない本にすごく愛情が湧くんです。“俺が目をとめなかったら、誰が世の中でこの本に目をむけるんだ”って、間違った役割なんですけど…。最終的には保管用のプレハブまで建てましたから。マイノリティミュージアムです」

マイノリティを好む志向性は大学中退後に爆発する。エロ漫画家としてデビューし、アングラな劇団に参加。27歳でインディーズのパンクバンド「ばちかぶり」、同時期に「ガガーリン」を結成する。ステージで全裸は当たり前、ゲロを吐き、炊飯器に脱糞した。過激なパフォーマンスは、80年代サブカルシーンで伝説の語りぐさだ。

「影響を受けた70年代の日本映画は、裸は普通だったんです。“スウェーデンといえばフリーセックス”みたいに(笑)、一切の装飾をとって裸になれなくて何が表現だって考え方があり、男も女も素っ裸になってました」

どこまで自分をさらけ出せるかに挑戦した。そしてパンクから得たものはタブーなんて存在しない、自由な表現。

「たとえ食えなくてもいいから、好きなことをやっていれば、世の中が変わっていくと思ってました。ひとりひとりの意識が変われば、より個人の意志を尊重する世界になると」

本人いわく“社会運動”のつもり。しかし、そんな時代は来なかった…。

「30代前半のころ、気づいたら理想ばかり言って飲んだくれてるオヤジになりそうな気がして、考え方を変えざるをえなかった。今まで否定していた社会に対し完全に負けを認めて、そこに入っていこうと。ものすごい敗北感と自分自身を許せない気持ちがあって、あのころはホント後ろめたかった。今でも当時を思うと切ないですね」

たとえ負けてもすべてじゃない人生で引き分けになればいい

31歳の時に塚本晋也監督のデビュー作『鉄男』に出演し、全身を金属に覆われる男の狂気を表現した。この作品が「ローマ国際ファンタスティック映画祭」でグランプリを受賞し、日本よりも先にヨーロッパで有名になってしまう。その後も、廣木隆一や三池崇史など、90年代の日本映画を象徴する監督の作品に出演し続けた。社会に自分の居場所を確立するなかで、パンク的衝動はどのように昇華されたのか?

「いまだに昇華されてないですね。昇華されずにきてるから、今も俳優を続けられてるんだと思います。これまで演じてきた役もどこか社会になじめず、今ある社会に対して疑問を持っている、そんな無名の人が多いですから」

マイノリティをテーマにした作品を撮り続ける監督との出会いを含め、俳優になるまでの経験が財産になった。初監督としてみうらじゅんの原作を映画化した『アイデン&ティティ』でも、その経験値が活かされている。

80年代後半のバンドブームに翻弄されるバンドマン。売れる音楽と自分が本当にやりたい音楽の狭間で葛藤する、カッコ悪くも切ない青春ストーリーだ。ロックの現場にどっぷり浸かり、挫折を通過した田口だからこそ、リアルでグッとくる表現ができた。映画で登場するボブ・ディランのセリフのなかにも、その哲学が読み取れる。

「マイノリティなことや負けることって世間では低く見られがちですが、長いスタンスで見たらたいしたことじゃない。ルーレットは回り続けていて、次はどこに球が落ちるか分からない。だから、今はブームになっていることでも、次は最低になっているかもしれない。映画のテーマでもありますが、社会の現象を信用するな、それよりも自分の本質に目を向けろと。人生をトータルで見て、引き分けに持ち込めればいいんじゃないでしょうか」

今年で50歳、人生も半ばを過ぎた。本人は今の自分をどう見ているのか。

「若いころは、40歳を過ぎたらすごい大人ってイメージがあったけど、自分が40歳を過ぎても全然落ち着かなくて愕然としました。どうやらこれは“種族”の問題だと。生まれたときから“年上”っていう人種があるんです。たとえばイチローや松坂は大人ですよね。あんなにしっかりしゃべってみたい。オレより絶対、年上でしょ(笑)。はじめから種族が違うから、比べたり競争してもしょうがない。ジャンルが違うのに競争させるから間違いが起こる。じゃあ、どこまで自分の種族で使命をまっとうできるかがテーマです」

自虐的に自分の価値を落としたトークが、抜群に冴えている。

「プライベートはインドア派、本当に引き込もりです。最近は自宅でフィギュアをイジってます。50歳を前にしてフィギュアで遊んでるオレ、この先大丈夫か? って(笑)」

田口トモロヲ、49歳。俳優として認められた今でも、マイノリティな存在のまま我が道を歩いている。

1957年11月30日、東京都出身。大学中退後、漫画家やライター、イラストレーターを経て、82年『俗物図鑑』でスクリーンデビュー。84年にはインディーズのパンクバンド「ばちかぶり」を結成する。89年に塚本晋也監督の「鉄男」に出演しカルト的な人気を得て、このあたりから俳優が本業に。94年にはみうらじゅんと文科系男子の男気を歌ったバンド「ブロンソンズ」を結成。03年、「アイデン&ティティ」で初監督、00~05年にはテレビ「プロジェクトX~挑戦者たち~」(NHK)のナレーターを務める。10月10日、みうらじゅんとの共著『ブロンソンならこう言うね』(筑摩書房)が文庫化。

■編集後記

衝動の赴くままに、自分だけの表現をあらゆるベクトルで実践した20代。大学を中退後、『劇画アリス』や『快楽園』などのエロ劇画誌で漫画家としてデビュー。さらにライターやイラストレーターをしながら、21歳で劇団「発見の会」にも参加する。25歳で筒井康隆原作の映画『俗物図鑑』で映画初出演。27歳でパンクバンド「ばちかぶり」を結成。「バンドはインディーズ、演劇はアングラ。食えるわけないからバイトばかりしてました」

藤井たかの(steam)=文
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稲田 平=写真
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