「僕を作り上げたのは、経験だけ」

金城 武

2008.10.16 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 金 玖美=写真 photography KOOMI KIM 北村…
諸葛孔明と周瑜の友情は金城とトニーの友情

今から1800年以上前、中国における魏・呉・蜀の三国による覇権争いの物語だ。映画は、中国圏では完全に悪党とされている魏の曹操が猛進。圧倒的少数で劣勢を強いられた蜀の劉備は呉の孫権に使者(これが、諸葛孔明だ)を送って同盟を結び、長江の赤壁付近で曹操軍を迎え討つ。

世に多くの『三国志』ファンを生み出した大きな理由のひとつは、その多彩なキャラクター。それらがいちいち、あまりにドラマティックな見せ場を持っている。ヒーローとしてカッコよく描かれ、観て燃えるのである。

劉備の幼子を抱いたまま、片手で剣を操り敵を蹴散らす趙雲。素手で敵前に立ちはだかる張飛。無数の槍をつかんで鬼神のように暴れる関羽。

「『三国志』の物語が好きで人物を知ってるなら、ジョン・ウーさんがやってる登場シーンは見てて盛り上がります。僕は個人的に関羽が好きなんですが、出てくるとやっぱりうれしい(笑)」

貧しさゆえ家畜を盗んだ兵を許し、さらに連帯感を高めた孫権軍の司令官・周瑜と、心を通わせる諸葛孔明…。

彼にはアクションシーンがない。

「そのかわり“全部だ!”と思った。カメラの前にいるすべての瞬間、すべての動きが僕にとってのアクション。全部で僕は孔明さまを出してやろうと。どこまでうまくできたかわかんないですけど、歩くシーンも扇子を出すシーンも、とにかく意識して演じました」

周瑜を演じたトニー・レオンとは実生活でも仲良し。しかも今作に関しては、もともと諸葛孔明としてキャスティングされたいたのはトニーだった。結果、周瑜を演じることにはなるのだが、彼が健康面での理由からひとまず諸葛孔明役を降板。それを機に急遽、金城のところに話が来たのである。

プロジェクトが動き始めてからの参加。そのときまだ金城は、アンディ・ラウやジェット・リーとともにピーター・チャンがメガホンを取った『投名状(中国語原題)』という作品の撮影中だった。

「真冬の4カ月間、中国あちこち走り回ってアクションをやり、『レッドクリフ』の製作発表は他人事のように見てたんです。それが突然、僕のところに来て。僕はまずトニーさんが心配だったから、彼に電話してみたんです。『僕の知ってるいい先生を紹介するよ』って。それでオファーが来た話をしたら『ジョン・ウーはすごくいい人だし、絶対いい経験になるからチャレンジしなよ』って、トニーさんは言ってくれて」

“俳優ではない”から。いかに現場を踏んでいくか

金城 武はすごい経験を得たと言う。

「トニーさんはもちろん。中国の有名な役者さんたちと共演して、いい意味で彼らの芝居に“感染した”と思う。そしてジョン・ウーという監督の下で動いたこと。香港で成功し、ハリウッドで得てきた経験を受け取った感じ。みんなで『監督って周瑜っぽいね』って言ってたんです。中国・台湾・韓国・日本と違う文化圏から集まったみんなを、劇中で周瑜が牛を盗んだ歩兵ひとりを大事に扱って連帯感を高めたみたいに愛情を持って接する監督の姿がすごいなあと思った」

今回は「ジョン・ウーとの仕事!」という一点ですでに大きなモチベーションとなったが、普段は作品を選ぶ基準はとくに持たないらしい。

「台本は絶対に見ます。でもそれがすべてではないと思っています。一番いい監督、一番いい脚本、一番いい俳優で、一番いい作品になるのか…わかんない。そのときの直感です。それでもどうして台本を見るかというと、勉強になるから。『こんなふうに書くのかあ』って思っちゃうんですよね」

映像が作られていくプロセスに興味があるのだという。それが、映画の世界に身を置くことにした、大きな理由のひとつだった。

そもそも金城武は台湾での高校時代にスカウトされ、CMに出演したのを機にアイドルとしてデビューした。

「とくに意欲もなくて、とりあえずバイト気分でしたね。将来何になろうなんて考えてなかった。アイドル歌手でそこそこ売れたら、映像の方から話が来る。アイドルを使う映画は香港とかにいっぱいあったので。そこにうまくのっかったんです。でも僕自身は基本、すごくシャイ。人の前に立つのが苦手なのに、そこで踊ったり歌ったりって何でやってたんでしょうね(笑)」

作曲を学び、そこからクリエイティブの面白さに目覚めた。でも、みんなが彼に求めたのは「きれいな顔してそこで微笑んでいればいい」ということ。何の気なしに始めた芸能活動が面白くなくなってきたころ、ウォン・カーウァイに出会った。『恋する惑星』に出演したのは、94年、21歳のときだった。

「彼のスタジオで…彼の世界で仕事をしたとき、何をやっているかわからなかった。まず台本がない。カメラマンのクリスさんはいつも酔っぱらっている外国人のオッサンだし(笑)。でもみんな自分のスキルを出すことを求められたし、それを楽しんだんです。“みんなと何かを一緒に作っている”って実感して。こんなに楽しいことはなかった。それで映像を勉強しようと思った。僕がそこに参加するには、俳優という身分がもっとも適切だったから、俳優ということを意識し始めたんです」

98年にはプラダのワールド・イメージ・キャラクターに起用され、04年にはチャン・イーモウの『LOVERS』に出演、06年にはトニー・レオンと共演した『傷だらけの男たち』が評判を呼ぶ。近年は立て続けに話題作に出演。

「それは僕の意志ではないんです。中国マーケットのドアが開いたから。何年か前は、年に1本ペースの出演でしたから。今、中国映画の作られる本数が増えている。面白くなりそうな作品やステキな監督との出会いが増えている」

金城 武の俳優としてのキャリアは16年になろうとしている。それでもなお、「自分は俳優ではない」と述べる。

「その立場で映像作りに参加してはいますが、きちんとお芝居の勉強をして土台を作ってきた人じゃないから。アイドルから始まって、よくわかんない状態で映画に出演したから。僕の芝居を作り上げたのは、現場で数をこなした経験だけなんです。その場その場で触れ合った役者や監督たちから感じたもの。“役者魂”というものはないんじゃないかな」

その通りかもしれない、しかし。

「作品を選ぶ基準の話をしましたけど、近ごろ僕はむしろこう思うんです。『やんない理由ないよね』って(笑)。たくさんの映画が作られて、僕に声をかけてくれる。ピーター・チャンがほしいと言う“深い感情”。チャン・イーモウがほしいと言う“勇者の佇まい”。『オレ、できんのかな~』って心配するけど、やったあとには経験が残るし監督たちと友達にもなれる。もちろん自分の成長だけじゃなくて、自分が出さなきゃならないものをがんばって出そうとしている。キャラクターに、自分だけにしか出せない何かを染み込ませたい。それが僕の仕事じゃないかなと思う」

金城 武は、俳優である。

1973年10月11日、台湾・台北生まれ。映画デビューは93年。翌年、ウォン・カーウァイの香港映画 『恋する惑星 』に出演。活躍の舞台を香港に移し、ブレイク。98年、ドラマ『神様、もう少しだけ』で日本のテレビに登場。同じ年『不夜城』に主演。04年のチャン・イーモウ監督作『LOVERS』 は米ゴールデングローブ賞・外国語映画賞にノミネートされた。諸葛孔明を演じた『レッドクリフPartI』は11月1日、日劇1ほか全国超拡大ロードショー。http://redcliff.jp/。12月8日には『K-20 怪人二十面相・伝』が待機している。

■編集後記

「僕がやってきた役者のスタイルは香港式だから台本を覚えて何回もリハーサルをやってというのは、難しいかもなあ。香港では台本は頻繁に変わります。すばらしい脚本だと思ってやっても、『アレ、全然話が違うじゃん!』ということになる。でもそこからのジャンプ力ですごいものが生まれる可能性はある。逆に全然変わらない日本の台本の場合は、撮影に入っていろいろな困難にぶつかっても『いや、台本がこうなんで』って(笑)。そんなの変えればいいのにね。ともかく僕は両方知られてよかったと思います」

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
金 玖美=写真
photography KOOMI KIM
北村勝彦=スタイリスト
styling KATSUHIKO KITAMURA
古久保英人=ヘア&メイク
hair & make-up EITO FURUKUBO

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