「ブレイクスルーとは何か」

内田 樹

2009.02.05 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA
自分の未熟を指摘する師匠を見つけること

子ども時代からマンガで見た師弟関係に異常に憧れていた。赤胴鈴之助に対する千葉周作や、猿飛佐助に対する戸澤白雲斎などなど。師匠がほしくてしょうがなくて、ちょっと立派な感じの人(大学院の哲学教授や押し出しの強い企業家)に会うたび「この人が師匠では!?」と、ときめいた。

「そもそも外部評価として『内田は何もわかってない』っていろんな人から言われてましたから。これだけ『バカだ』って言われるんだから、そうなんだろうなって(笑)。わりと素直なんですよ、僕。女の子についても『内田くんステキ』って言う子には全然興味がなくて、『本当にバカね』と言われるとグッとくる(笑)。キュン。目がハート。僕のどこらへんがバカなのか、詳しく聞きたいって思うじゃないですか」

“未熟さを知る”という条件もきっちり満たしていた。5歳から師を求めては失望し、ということをくり返して20年。

75年12月、東京大学文学部仏文科を卒業した無職の冬。合気道をやりたくてフラリと入った道場に、多田 宏師範がいた。

「入門の動機を尋ねられて、愚かしくも『ケンカが強くなりたいんです』って答えたんです。そしたら、先生はニコッと笑って、『そういう動機で合気道を始めてもいい』っておっしゃった。ケンカなんて武道を始める動機としては言語道断なんだけれど、先生はそれでもいい、と言われた。つまり、先生には僕が習うつもりのことを教える気はなかった。そうではなくて、“そんなものがこの世に存在するとも思っていなかったようなものを、これから君は私から学ぶであろう”と言外に言われた気がして。そのときに、この人が僕の師匠だと確信したんです。」

師匠とは、自分がなんだかわかっていない未熟な部分を指摘して補ってくれる人。まさに先生のブレイクスルー論の原点で、「これが僕自身のブレイクスルーでもあったわけです」。

そのことに巻き込まれる。いいイメージだけを持って

R25編集部の皮膚感覚において、今のリアルは“傷つけないこと”である。相手に「バカ」と言ったり言われたりしたくないし、「資本主義がダメなんだ!」的な正論を述べがちなのも、誰からも文句が出ないですむから…。

「すごく気の毒だけど、子ども時代から学校と家庭で叩き込まれてきた競争原理のなごりですよね。とにかく失敗を怖れている。まわりの同類たちとの競争関係だけにこだわっている。自分は同学齢集団のなかでどのぐらいのランクなのかが気になってしようがない。

だから、外形的、数値的に示された自分の社会的評価ばかり気に病む。でもね、横にいる他人なんか見てもしょうがないんですよ。本当に見るべきなのは、自分自身でしょう。自分自身がきちんと前に進んでいるのかどうか、それだけでしょう。周りの人間の能力が低ければ、自分は相対的に高いポジションにランクされる。だから、相対優位に立とうとする人間は周りの人間の足を引っ張る。仲間の成長を妨げ、知的好奇心に水をかけて回る。でも、自分の成長をめざしている人間には、他人のことなんか関係ないんです。昨日の自分と比べてどうか、ということだけなんですから。“俺はTOEICの点数が500点しかないけど、あいつは800点ある。300点の差を埋めるために頑張ろう”っていうのは、向上心とは言わない。ただの競争心。向上心に他人は関係ないんです。自分自身を観察するところからしか始まらない」

それを求める過程で未熟さに気づく。測る単位も、自分の外側にアピールする術もないから、ずっと置いてけぼりにされてきた部分だといえる。

「見える形で示さなきゃいけないのは会社でも同じでしょ。“これだけ資本を投下したらこれだけ儲かる”という証拠を示さないと事業計画も相手にされない。でも、みんなデータや数値を並べるのは、失敗したときの言い訳を用意しているだけなんです。たとえばどの企業も人事戦略ががたがたですけれど、それは面接でどの人が優秀か有用かが判断できなくなっているからなんですよ。人間を見る目がないから、しかたなく学歴とかTOEICのスコアとか、外形的にわかるものを基準にする。そうしたらどんなバカを採用しても責任を回避できる。もう、みんなそこなんですよ。数値数値って言っているやつらは、結局自分の判断の失敗を問われたときに、そこに違法性がなかったと言い逃れるための材料を必死で探しているんです。後ろ向きすぎますよ」  

ここで先生、二つのお話。(1)20年ほど前、35歳で独身の女性編集者が「もし結婚しなかった場合でも大丈夫」なようにマンションを買った話。彼女はいまだに独身だという。(2)オートレースにおいて転倒したライダーは、絶対に立ち上がってはいけないという話。コース上に立つ人の姿を見た後続のライダーは、みるみるそこに吸い寄せられ、見事に跳ね飛ばすのだという。

「人間って、自分の判断が正しかったってことになると、多少不幸だとしても“予測想定内の不幸だった”ということで耐えられるんですよ。どうもみんな、想定外の幸福よりは想定内の不幸の方が好きらしくてね。だから、最悪の事態を考えて準備すると、だいたいそっちに舵を切る。でも、そこを見ると吸い寄せられるんですよ。自分の身に起こる悪いことは絶対に考えちゃいけない。強く念じたことは、それがプラスでもマイナスでも必ず実現する。『取り越し苦労はするな』ということを、僕は多田先生から教わりました。もともとは先生の師である中村天風先生の教えなんだけど。若い人たちが人間関係を怖がってるのも、“プライバシーを侵害されたり生活のペースを乱されたり、価値観とか美意識を混乱させられたりとかしたらヤだな”っていうことを考えてるからでしょ。新しい人と出会って、新しいことを経験して、自分自身がガラッと変わって、生活空間も交友関係も変化して、目の前の霧が晴れるようにすごく楽しいことが起こるんじゃないか、というふうに前向きに思わない。逆に、“こんなことが起きたらイヤだ”っていう不幸な未来をありありとイメージして、そのリストを長くしている。でも、そうすると必ず“起こって欲しくないこと”が起こる。“こんなことが起きたらいいな”というリストを長くする方が、はるかに効果的な生き方でしょう」

1950年東京都生まれ。神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。多田塾甲南合気会師範、六段。東京大学文学部仏文科を卒業後、合気会本部道場に入門。東京都立大学大学院に進む。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程を中退し、同大学助手に。90年、神戸女学院大学助教授を経て現職。01年『ためらいの倫理学―戦争・性・物語』で文筆家としてデビュー。著書多数。06年『私家版・ユダヤ文化論』(文藝春秋)が第6回小林秀雄賞受賞、07年には『下流志向―学ばない子どもたち、働かない若者たち』(講談社)がベストセラーに。ウェブサイト「内田樹の研究室」では日々の文章が読める。これ、後々よく本になるのである。

■編集後記

25歳は東京大学を卒業した年。定職はなくアルバイト暮らしだった。大学院に進んで研究者になることをぼんやりと考えていたけれど、そんなことよりも先に、同じ年の冬、生涯の師に出会ってしまうのである。この2年後、小学校以来の親友と翻訳会社を設立。面白いように儲かる一方で、東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程(フランス文学専攻)に入学する。博士課程に進み、これまた師と仰ぐことになるフランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスに出会うのである。

武田篤典(steam)=文
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稲田 平=写真
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