あの時の話、聞かせてください!

第1回 電波少年の“なすび”に会いたい!

2009.02.12 THU

あの時の話、聞かせてください!


撮影/富井昌弘 ほんわかしたバイブスを漂わせながら、「電波少年的懸賞生活」当時のエピソードを語ってくれたなすびさん。語り口はのんきだが、過酷だったという

『進ぬ!電波少年』から10年今、なすびが思うこと…



「人は懸賞だけで生きていけるか?」

今、考えるとあまりに無茶すぎる伝説的な企画。日本テレビ系列で放映された『進ぬ!電波少年』の「電波少年的懸賞生活」で、一躍お茶の間の人気者になったなすびさん。

懸賞で当たった生米を自己流で炊き、一時はドッグフードで飢えをしのぎ、広末涼子のポスターに挨拶をし、「当選の舞」をコミカルに舞う姿に、奇妙な感動すらおぼえた方も多いのではないだろうか。

じつに1年3カ月ものあいだアパートの一室に閉じ込められた男が、今年2月23日から始まる舞台『グリーンフィンガーズ』(出演/相葉雅紀、平幹二朗 他)では刑務所内でガーデニングに取り組む囚人たちのハート・ウォーミング・コメディを演じる。

「あの番組から10年経って、転機となるような大きな舞台で囚人の役をやらせていただくというのは不思議な縁を感じますね。『電波少年』では、何もしてないのに独房に入れられているみたいなものでしたから(笑)。稽古場でも、よく『小学生の時、電波少年を見てました!』なんていわれます。今回の舞台で僕の恋人役を演じる本田有花さんも21歳で、あの時、小学生だったコが恋人役か~って(笑)。そう考えると、10年ってすごい年月ですよね。もう、びっくりでございますよ」
2001年ごろ、小ギレイなスタイルで撮影された宣材用のプロフィール写真。
そもそも、なすびさんはピン芸人志望というわけではなかった。何かのきっかけになればとひょんなことから参加した電波少年のオーディションからいきなり軟禁状態に突入! 懸賞生活が始まった。

「もちろん、まったく逃げだせない環境じゃなかったんですけどね。企画が終わった後、当時のT部長さんにもいわれました。『なんで逃げなかったの? 逃げたら逃げたでもっと面白い展開になったかもしれないのに』なんて。でも、僕、全裸だったじゃないですか(笑)。番組では、楽しそうに生活してるように見えてたと思うんですよ。でも、テレビの編集というのは素晴らしいものでして(笑)。放映されるのは、1週間のあいだのほんの4~5分。その裏には膨大な苦悩の時間があるわけでそんなに僕、前世とかで悪いことしたのかな~、と思いつめましたねえ」

日本で1年弱、韓国で3カ月弱の懸賞生活を終えて、浦島太郎状態で帰国したなすびさんを待っていたのは自分がいきなり有名人になっている世界だった。

「僕自身はただハガキを書いてただけで、何も変わっていなかったんですけど。そもそも、なすびという芸名も事務所のなかでの単なるあだ名だったんです。僕からなすびと名乗った記憶はないんですよね。だから、街を歩くと、みんなから『なすび、なすび』って呼ばれるので、そうか、僕はなすびになってしまったのかと思いましたよ(苦笑)。で、世間的にはピン芸人なすびになってるから、ネタとか面白トークを期待されるじゃないですか。確かにお笑いをきっかけにとちょっとは考えてましたけど、ピンでネタなんてやったことがない。今、考えると浅はかでしたね」

無名の新人から孤独な懸賞生活、そして取材殺到の日々。なすびさんは自分が何者なのか、よくわからなくなった。しかし、世間にとっては「なすび」以外の何者でもなかった。
撮影/富井昌弘 取材場所の稽古場近くにて。お笑いをきっかけにと思ったのは、尊敬する渥美清さんがコメディアンもやっていたからというのが理由だとか

“懸賞生活”からの脱却…なすび、あこがれの喜劇役者へ



『進ぬ!電波少年』の「電波少年的懸賞生活」の影響で、はからずもピン芸人として有名になってしまったなすびさん。しかし、なすびさんの本当の夢は、喜劇役者になることだった。憧れの人は渥美清さん。何だかわかる気もする。

電波少年でのブレイクから3年。2002年に、自分自身による舞台「なす我儘」を立ち上げる。喜劇役者「なすび」の誕生であった。

「電波少年で名前は売れたものの、僕のなかでは自分はピン芸人じゃないんですよ。このままやっていても周囲に迷惑をかけるかもしれない。どうすればいいんだろうって思っていたときに、やっぱり役者を目指してみようと思ったんです。生活が苦しくなるかもしれないけど、僕の夢は喜劇役者じゃないかって。といっても、いきなりピン芸人なすびがドラマとか映画に出たいって言っても、それは難しいじゃないですか(笑)。こんな言い方をすると、舞台に対して失礼だとは思うんですが、舞台なら、自分で劇場をおさえて、脚本を書いて、演出して、役者を集めることができれば、ぶっちゃけ公演を打つことはできるんですよね」

自分で役者という既成事実を作ってしまえばいい。逆転の発想である。しかし、そんなカンタンに舞台なんてできるのだろうか。役者や資金だって必要なはずだ。

「まあ、役者さんの知り合いは増えていましたし、『どうすれば公演を打てるの?』って相談してみたら、『とりあえず劇場をおさえちゃったら、やるしかなくなるでしょ』って。それも、ちょっと間違ってると思うんですけどね(笑)。で、公演を1回打つには、だいたいどのくらいのお金がかかるかというと、ピンキリだけど小さいところなら100万円くらいあれば何とかなるって聞いたんですよ。じつはですね、当時フジテレビの深夜枠で『THEわれめDEポン』という麻雀番組があって、たまたま出場したら優勝しちゃいまして。ちょうど賞金の100万円を持ってたんです。あ、できるって(笑)。懸賞生活も運頼みの企画だからってことでクジで選ばれたわけですけど、まだ運の残り香があったんですかねえ」
2003年ごろ、自らが座長を務める劇団「なす我儘」の舞台。遠めからでも、一目でなすびさんとわかるインパクトある風貌は、役者としての強み!
舞台を立ち上げたことで、役者の仕事も舞い込んでくるようになった。舞台では、宮本亜門演出の『ファンタスティックス』に出演。『電車男』『TRICK新作スペシャル』『嫌われ松子の一生』などのドラマでも活躍。最近では、Wiiのサウンドノベル『428 ~封鎖された渋谷で~』にも出演している。

「宮本亜門さんの舞台で、はじめて外部の公演に出させてもらったんですが、それを演出家の宮田慶子さんが見てくださっていたみたいで。宮田さんの演出で、今年の2月23日から始まる舞台『グリーンフィンガーズ』に出演することになったんです。舞台を始めたことがきっかけになって、いろいろとお仕事につながってるんですね。不思議な縁というか、これも運ですかねえ。今でも少なからず電波少年の十字架はあるので、『肩書きはどうします?』って聞かれることがあるんですが、『もし可能なら喜劇役者で』とお願いしてます(照)。自分のなかでの小さな抵抗なんですけど、いつか喜劇役者という肩書きがしっくりくるなすびになりたいですねえ」

なすびさんはそう思ってはいないかもしれないが、「電波少年的懸賞生活」は喜劇だった。たとえ当時は演じていなくとも、根っから喜劇が似合う人なのだと思う。のほほんとしたなすびさんの語りを聞いていると、なんだかほっこりとした気分になってくる。これは、喜劇役者として最高の才能ではあるまいか。 きっかけは『電波少年』のオーディションでクジに当たったから。
取材中、なすびさんは「運」という言葉を何度か使いました。
しかし、なすびさんのキャラクターなくしてあの企画が成功したでしょうか。
役者としての道を歩めたでしょうか。否! 断じて否だと僕は思います。
その存在感・顔面力はただものではなかった。謙遜しておられましたが、
なすびさんはモノホンの喜劇役者です!

さて、次回は女性と見紛うようなルックスが衝撃的だったヴィジュアル系バンド、SHAZNAのIZAMさんをお招きしてお送りいたします。

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