「積み上げて、そしてまたゼロに」

寺脇康文

2009.02.26 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA 山本…
いい作品である以前に、がんばる人のエネルギー

マルグリットを演じるのは元タカラヅカのトップスター、春野寿美礼。アルマン役には若手テノール歌手の田代万里生。去年5月にロンドンでオープンしたこの作品は『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』のクリエイターによる最新作で、巨匠・ミシェル・ルグランの音楽がフィーチャーされている。まさに本格ミュージカルといってよい。

俳優への入口は“スーパー・エキセントリック・シアター(SET)”だし、今も岸谷五朗とのユニット“地球ゴージャス”をはじめ、三谷幸喜作品など、舞台経験は豊富。いわば本職だけれど、こんな本格ミュージカルは初めてだ。

「僕の出る舞台にはいつも笑いがあります。でもこの作品はみなさん見入ってます。シーンとした客席に慣れていなくて。『全然ウケてねえな…あ、ギャグがないからいいんだ!』って(笑)。新鮮といえば新鮮ですけど、笑い声のしない舞台に立っているのは気恥ずかしいというか、そんな感じですね」

俳優としての生活は24年目に入る。昨年には亀山 薫刑事が当たり役となったドラマ『相棒』の劇場版が大ヒットを記録した。でも、初めてのミュージカルを、しかもオーディションを受けてまでやっちゃうのである。

「『やんないよ』って言うのは簡単。でもそれは“ゼロ”ですよ。やれば少なくともゼロではない。マイナスになる可能性もあるけど、ゼロからは動き出すでしょ? オーディションだってそうですよ。46歳になった今、まだそんなチャンスが来ることが嬉しかった。今の自分の状況が、他人の目にどう映ってるのか知ることができるわけだし」

オファーがあったのは、ちょうど舞台の地方公演中。セリフと課題曲を手にして、ホテルの部屋でシャワーをザーザー流しながら大声で歌を練習したり、セリフの言い方に頭を悩ませたり。

「合格したことじゃなくて、そういう時間を持てたこともプラスでした」

きわめてヤング的で、一般人の目線を持ち続けている。だって「チケット1万3000円って高いよね」なんて言うんだもの。25歳男子に向けて宣伝をお願いしたら、まずその一言。

「でも、人生で“上質なものを観る時間”って必ずプラスになると思うんです。居酒屋を何回かガマンしてちょっと無理してお金を捻り出して劇場に来る…それだけで今まで知らなかった世界にふれることになるわけですよね。“すごくいいミュージカルだから観に来てください”って言うつもりはないです。僕らは僕らでがんばって、芝居的にも音楽的にもレベルの高いことをやってるつもりです。そういうがんばってる人間のエネルギーって、観た人に何かを還元していくことになる」

芝居の公演後に回収するアンケートで、一番嬉しいコメントは“このお芝居を観て、明日から気持ちを入れ替えてがんばってみようと思いました”。

「僕らのやってることって形のないものです。何か商品を売るわけではないから、お客さんに何を与えることができるかっていうと“生きるエネルギー”しかないんですよ。それができたとわかることが、一番のご褒美ですね。もちろん、このミュージカルもそんな作品になっています。僕らがやっていて最終的に行き着くのは“苦しいこともすべて含めて、生きるっていいよね”っていうところなんですよね」

積み上げることが舵でありエンジン

俳優になろうと決意したのは18歳。

大学入試に失敗して、スーパーの地下にあったお総菜屋さんのバイト帰りに、エスカレーターに乗って、何万円かの給料が入った封筒を開けた瞬間に。実は“決意”ではなく、そうなったのだ。

「働いてお金を手にして、“これまでオレは普通に家でゴハン食べて暮らしてたけど、社会に出て行くときどうすんだろう”っていうのが、すごく現実味を帯びて。自覚はなかったけど、前からやりたかったんでしょう。親戚が家に集まったときに笑わせたり、クラスの学芸会で台本書いたり。水谷 豊さんや松田優作さんが大好きで、TVで歌ってる歌手にも『いいなあ』って思ってたし、加藤 茶さんも大好きで…っていうのがエスカレーターの数秒でドカーン! お金を稼ぐなら役者しかないなと。“なりたいな”じゃなくて、“オレは役者になる”という確信でしたね」

学歴もスキルもなくて、具体的にいうと「役者ならなんとかできそうだった」から。「そのことでなら努力できる」という自信があったから。名古屋の俳優養成所を経て、上京、激しい競争を勝ち抜いてSETに入ったのが23歳。いまみたいにいろんなことをプラスに考えられなかったと、振り返る。

「『そんなもんできねえよ、オレは役者だぜ』でした(笑)。強がることで自分の危うい存在価値を何とか確立しようという。物事がやっとわかってきたのは40過ぎてからです。人に嫉妬しても、自分が落ち込んだり悩んだりしても、そのままでは何もいいことが生まれない。その域を超えて『まーいいや』っていうところに到達したときに、状況はよくなっていく…っていうことを何度も体験してそうなったんでしょう」

それは身をもって知るべき話。若いころにはむしろ、ナマイキでいいのだ。

「競争心とか悔しい気持ちがないと、前に進んでいけないから。オレが世界一って思ってていいぐらい。僕らはいつも根拠のない自信を持って…岸谷と飲みながら『あんなヤツらに負けねえ!』って(笑)。でもそれは同時に『そんだけ言うならオマエ、やれよな』っていう自分への喝でもあるんですよ」

アグレッシブな物言いとファンキーな態度の一方、地道に足下を見てきた。

「僕は劇団に入った当初、映像志向だったんですが、舞台に魅せられて。まずは劇団の芝居に出て、それをクリアしたら、セリフのある役をとって、少しいい役を、主役をとって…。目の前にあるひとつひとつの目標に対して取り組んできました。とにかく今日の舞台でのセリフをちゃんと言えるよう心がけること。それをしているうちに『アイツいいセリフの言い方するじゃん』って思われるかもしれない。結局、僕が連ドラに初めて出たのは29歳でした。目の前のことの積み重ねで、方向性は生まれていくんだと思います」

目の前のことを積み上げていく過程でターニングポイントは訪れる。SETの『リボンの騎士』という芝居に大爆笑した23歳、岸谷五朗と地球ゴージャスを立ち上げた32歳、そしてドラマ『相棒』を卒業した46歳 ―― 。大切なのは「気持ちを動かし続けること」。

「動かしていないと何も寄ってこないと思います。いい状況になったからといって、その気持ちいい場所にいていいのか。で、次なるステップを選ぶ。だからこそプレッシャーもありますよ。それまでのものを超えることをやっていかないといけないから。でもそれを自分で楽しまないと!」

このミュージカルも、次なるステップのひとつに違いない。そして今は積み上げる日々…。

舞台上で、ずっと嫉妬し苦悩し、それを隠す男を演じていた寺脇康文は、カーテンコールでニッコリと微笑んだ。

「お客さんに拍手をもらうと達成感はあるし、すべての公演が終わったときにも達成感はあります。作品を“100”まで持っていって、千秋楽を迎えたらまたゼロに戻す。でもこのゼロは、単なるゼロじゃなく、やってきた“蓄えのあるゼロ”。その繰り返しですね。毎回毎回、作品ごと…いや、細かく言っちゃえば、ひとつのセリフごとに100まで持っていく。“いいセリフが言えたな、理想通りの芝居ができたな”って、夜家に帰って酒を飲みながら、達成感を味わって“ようし、また明日”ってゼロに戻す。でも、完全な達成感なんて一生得られないでしょうね。僕の仕事だけじゃなくて、研究者でもサラリーマンもお寿司屋さんでも同じじゃないかな。『あのお客、シャリ残してんな~』と思って、次は残されないよう工夫して握る。完食してもらえれば満足して、また明日もがんばろうと」

ゼロに戻す、わけだ。

「僕ね、だからホントにすばらしいと思ったときは伝えるようにしてるんです。『板さん、ホントにうまいッス』って。『いい芝居だった、元気が出た』って言われる喜びを知ってるから(笑)」

1962年、大阪府堺市生まれ、岐阜県羽島市育ち。高校卒業後、名古屋の俳優養成所を経て上京、三宅裕司率いる“スーパー・エキセントリック・シアター”に入団。94年に退団、同じ劇団の岸谷五朗と演劇ユニット“地球ゴージャス”を結成。決まった劇団員を持たず、1~2年に1度の公演を続ける。明るいキャラクターと芸域の広さを生かし、96年から10年間にわたって『王様のブランチ』のMCを務めた。91年の『刑事貴族2』で共演した水谷 豊とコンビを組んだ『相棒』シリーズ(00年~)が大ヒット。昨年の卒業後も映画に舞台に精力的に活動する。現在、主演映画『悲しいボーイフレンド』が公開中。今年6月にはプロデュース公演VOL.10『星の大地に降る涙』を赤坂ACTシアターにて。『マルグリット』の東京公演第2弾は3月12日~29日、日生劇場にて。

■編集後記

バイトは28歳までやっていた。「バイト行って稽古して酒飲んでバイト行って稽古して酒飲んで…という生活が単純に楽しかったんです。お金に執着はまったくなかった」。今も無趣味だという。映画や読書、スポーツジム、すべてがなんとなく仕事につながってしまう。「津川(雅彦)さんにそんな話をしたら、『テラっちゃん、仕事楽しいだろ?』って。『ハイ!』『趣味が仕事になってんだからいいんだよ!』っておっしゃって」。18歳、お総菜屋さんで得た確信は正しかったのである。

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
photography PEY INADA
山本裕行=スタイリング
styling HIROYUKI YAMAMOTO
矢澤康隆(プラスチック)=ヘア&メイク
hair&make-up YASUTAKA YAZAWA

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