あの時の話、聞かせてください!

第7回 ゲイノー生活

2009.05.13 WED

あの時の話、聞かせてください!


難しい柄物のシャツをサラリと着こなす坂本ちゃん。学生服の印象が強いが、プライベートでは、なかなかのシャレ者である

小・中学生レベルの学力から大学合格というミラクルの舞台裏



全国の受験生に光明をもたらした番組企画。それが、『進ぬ!電波少年』の「電波少年的東大一直線」だ。
受験半年前までは、小・中学生レベルの学力だったお笑い芸人・坂本ちゃんが、東大卒の家庭教師・ケイコ先生とともに勉強にいそしみ、ついに日本大学へ入学するというガチのドキュメンタリーは、「やればできる」というありきたりな言葉が輝いてみえるほど、受験生の心を打った。
その始まりは、仮設トイレから強制連行されるというものであったが。

「電波少年に出る直前は、たくさんの芸人さんたちと一緒に日光江戸村でバイトしてたんですよ。そこになぜか怪しげなトイレがあって。昨日はなかったのになんであるのかしらと思って入ったらトイレごと連れ去られたんですよね(笑)。ワタシの前に挑戦してる方がいらっしゃったんですけど、逃げちゃったみたいで。でも、自分としては、部屋にクーラーもついてるし、風呂にも入れるし、この夏ラッキーみたいなところもありました。ただ、高校以来まったく勉強してなかったので、最初は全然テストができなくて恥ずかしかった。ほとんど羞恥プレイですよねえ」

そんな坂本ちゃんを支えたのがケイコ先生である。通常であれば、ひとつ屋根の下で男女が軟禁されたら、ビミョーな関係になることは必至! が、性別を超えた友情が2人には芽生えたのだ。スタッフの絶妙なキャスティングに拍手を送りたい。

「ケイコ先生から学んだことは本当に多いですね。勉強だけでなく、その生き方にも刺激を受けました。ものすごくポジティブなんですよ。『絶対大丈夫!』っていうのが決まり文句で。こっちは指を使って計算とかしてるありさまなのに、本当に大丈夫~?みたいな(笑)。あの自信はどこからくるんだろうって不思議でしたけど、ケイコ先生の励ましがなかったら、あんなに集中できなかったでしょうね。今でも、何かつらいときとかあるとケイコ先生の『絶対大丈夫!』って声が聞こえてくるんです。彼女こそ思い立ったら一直線っていう感じで、ガーッといっちゃうタイプなんですよ。ケイコ先生は今、浪曲師をやってらっしゃるんですって(笑)。ビックリしちゃった。あのパワーはすごい! ある意味、尊敬してますね」
インタビューは所属事務所、浅井企画で行われた。バックには、大先輩・コント55号(萩本欽一&坂上二郎)のフォトグラフが飾られている
猛勉強の甲斐あって、みるみる学力をつけていく坂本ちゃん。しかし、センター試験を終えて答え合わせをしてみると、東大の一時通過ライン570点には遠く及ばず、366点という結果に。企画は頓挫の危機を迎える。

「センター試験の結果は悲しかったですね。2人とも泣き出しちゃって。でも、プロデューサーさんが、どこでもいいから一直線っていう企画にして、東大以外の大学合格を目指しませんかって言ってくださって。第一志望の日本大学に受かったんです! あの時は、うれしかったわ~。思った以上にスラスラ問題も解けるようになっていて、エクスタシーまで感じちゃって(笑)。合格してから、自分たちのVTRを見せてもらったんですけど、感動的に編集されていて驚いちゃった。自分のことながら、ちょっとステキなお話じゃないのって。頑張ってんじゃん、この2人みたいな」

坂本ちゃんは、結局8校に合格! 日本大学文理学部に入学する。

「あの時、何か始めるのに遅すぎるってことはないということを身をもって体験しましたね。やる気と時間さえあれば、たいていのことは学べるんじゃないかしら。もちろん限界はあると思いますけど。ただ、ちゃんと勉強を続けてないとやっぱり忘れちゃうんですね。しっかり身についたわけじゃないんだなって。あれだけ勉強したのに不思議だわー」

さて、晴れて大学生になった坂本ちゃんのキャンパスライフはいかに!?
今でも、初心忘るべからずと気合を入れるために、夜中にフラフラと電波少年で使われた一室の前を訪れることがあると笑う

あこがれの大学生活と夢の芸能生活と…



『進ぬ!電波少年』の企画「電波少年的東大一直線」あらため「電波少年的どこでもいいから一直線」で、日本大学文理学部に合格した坂本ちゃん。合格だけならまだしも、本当に入学までしてしまった。仕事と学業の両立はできるのか!?

「ちょこちょこ大学に通ってはいましたよ。大学生活はあこがれだったので、楽しませていただきました。ほかのご学友の方とは年齢差があったので、はじめは戸惑う部分もあったんですけど、みんな仲良くしてくれて。みんなワタシのことを知ってるので、ちょっと不思議な感覚でした。いろんなところに連れていってもらいましたねえ。柔道部や水泳部の部室とか(笑)。入部はしなかったんですけど、それが楽しみで通ってたりして。7年間は在籍したのかしら。ギリギリまで通ったんですけど、タイムリミットで卒業はできませんでした。惜しいことをしたなって思いますけど、やっぱりお仕事の方が大切だったので」

子どものころからアイドルに憧れて、とにかくテレビのなかに入りたかったという坂本ちゃんにとって、柔道部の部室以上に仕事は夢の世界だったのだ。

「企画が終わったら、バイトでもしながらオーディションを受けて、みたいなつもりでいたんですけど、怒とうのように仕事が入ってきて、わけもわからず、あっちこっち飛び回ってましたね。恥ずかしい話、1~2年はミーハーちっくにドキドキしてました。当時、マネージャーさんに『天狗になったら終わるぞ』といわれたんですけど、そのときは感動しましたね。ちゃんと考えてくれてるんだって。あの言葉のおかげで、何とかやってこれたかなって気がします」
坂本ちゃんの手による絵画。ちょっとシュールなキャラクターは、ムニエル君と名づけられている。画材はポスターカラーと色鉛筆
徐々に芸能界にも慣れた。KABA.ちゃん、光浦靖子といった面々と交流を深め、パトロールシスターズとして一緒にCDを出す仲にもなった。

「やっぱり同じキャラとか女性の方が仲良くなりやすいんですよね。ライバル意識みたいなものもなくて。キャラは同じでもフィールドが違ったりするので、逆に尊敬しちゃう。あとは、いろいろ情報を交換しあったりとか。ただ、KABA.ちゃんとか山咲トオルちゃんは、露出の時期も近かったのでホッとするんですけど、さすがにおすぎさんとかピーコさんは緊張します(笑)。すごくステキな方なんですけど、大先輩なので雲の上の人って感じですね」

キャラはかぶっていても、芸は人それぞれ。違った世界観で活動しているのだ。坂本ちゃんには、これまで何かと体を張る仕事がついてまわっている。

「運動なんてまったくダメなのに、フルマラソンを走ったりとか、泳げないのに水泳したりとか、わりとハードコアな仕事をしてますね(笑)。事務所のフットサルチームの監督もやってるんです。高校を卒業したとき、体育の授業がなくなるというのが一番うれしいってほど運動が苦手だったんですけど、不思議なもので今なぜか運動にご縁があるんですよね。これからは、もうちょっと自分の趣味の世界も仕事に反映できればいいなと思ってます(笑)。昔から絵が好きで、最近描きためているんですけど、何とかものにしたいですね。いつだってキラキラ輝きたいというのが自分のテーマなんですよ。今、自分のなかで絵を描いてるときが一番輝いてるかなって(笑)。もちろん、どんなジャンルの仕事をしているときも、そのテーマは追いかけていきたい。たとえマイナスの状況でも、そのときを楽しんで輝いていたいんです! あら、やだ。最近、悟りでも開いちゃったかしらって発言が多いのよね(笑)」

丁寧に剃りあげられた坂本ちゃんの頭がうっすら輝いている。
振り返ってみると、輝いていない坂本ちゃんを見たことがない。
いつだって坂本ちゃんは懸命なのだ。 本当はネガティブなタイプと坂本ちゃんはいう。
なのに、いつも坂本ちゃんは楽しそうなのだ。

ひょっとしたら、陰で涙を流すこともあるかもしれない。
だとしても、その状況すら楽しんでいるに違いないのだ。

人生をまるごと楽しんでいる。
そんな坂本ちゃんがうらやましい。


この企画は、毎回インタビューの感想やご意見を受けつけています。気楽にお便りくださいませ。さて次回は、90年代初頭に『それが大事』というメガヒットを放った大事MANブラザーズバンドが、大事MANブラザーズオーケストラとして復活! ボーカルの立川俊之さんが当時を振り返りつつ、今後の意気込みを語ります。お楽しみに。

ではでは、また!



■坂本ちゃんプロフィール
山梨県出身。年齢は25歳という設定。『進ぬ!電波少年』の企画「電波少年的東大一直線」でブレイク。テレビ、雑誌、ラジオなどで幅広く活躍。フットサルチーム「ASAI RED ROSE」では、監督を務める。趣味は、QP人形・仏像集め、ジャグリング、ペット飼育。特技は、絵を描くこと。定期的に個展も開催している。

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