「僕はお金を尊んでる」

板東英二

2009.07.09 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA 高尾…
板東英二の苦難の向こうに見えるもの

番組タイトルは『バンバンバン』。板東英二が絶景を求めて山を登ったり、すばらしい温泉を求めて山を登ったり、高級別荘にお邪魔するために山を登る。ときには天然鰻を捕獲するために、川に入る。しかも生放送で! ジャンル的には旅情報番組の範疇だろうが、スポットからスポットへの移動はもちろん、目的地にひたすら急ぐさまもずっとカメラがとらえている。番組キャッチコピーが「生きている間に見ておきたい日本の原風景」で、冒頭では板東さんがこんなふうにがなる。

「今週も、力の限り生放送!」

金曜昼2時開始、凄まじく画期的な番組である。69歳男子が、軽口叩きながら苦行にチャレンジするさまをライブ中継するのだから。

絶賛すると、板東英二は首を捻る。

「みなさん昼間の新幹線に乗らないでしょ? 旅行してるおばちゃんがどれぐらいおることか! 人口動態見ても、僕らぐらいの年代のおばちゃんが日本中にごっつ多いんです。批判するつもりはないけど、放送局って“俺たちが作って送ってあげてる”っていう、上からの意識が強いと思うんですよ。アメリカかカナダのTV局の話なんですけど、アレどこやったかな…」

熱帯魚の水槽を24時間放映し、視聴率6%を記録した局があったらしい。

「放送局が与えるのではなく、視聴者の側に判断してもらうのが正しいと思うんですよ。いま放送局は、おばちゃんたちを顧みてないでしょ。ひょっとしたらその人たちを、俺が一番最初につかんでいくかもわからへん。おばちゃんたちが求めるものに応えて答えて“板東が行ってたんやったら私らも行けるやろ”みたいな水先案内をしてると考えると、最先端やないかと思うんです」

つまり“69歳男子の苦難”を面白がるのは「たぶんね、みなさんの“放送局のターゲットど真ん中にいる”という自負。驕り高ぶりかもしれない」。

卵をギャグで渡すか本気で渡すかの差と同じことなのだ。製作意図には「おばちゃんを狙え」とはなかったらしい。だが板東さん、自信を持って実践している。視聴者層も、番組内でアタックするのも“おばちゃん”なのである。

「大自然の風景に勝るのは人間だから。自然に関して僕は素人です。いくら誉めても伝わらない。でもおばちゃんに関しては自信ある。だから一緒に出てる山中(アナウンサー)にも言いました。俺が面白そうなおばちゃんとしゃべってるときは止めんといてな、って」

と、ここで“Eiji’s best oba-chan”。それは漁師町の60代半ばのおばちゃん、海から上がって浜で魚や貝を喰らってるところにEIJI、乗り込んだ。

「僕、人を触るクセがあるんやけど、そのときついついおばちゃんの乳もんでしもたんですわ。そしたらおばちゃん『久しぶりやわ~』って(笑)。僕は“やった!”と思いました。面白かった。スタッフに『切らんといてくれよ』って言ったんです」

乳もみはそのまま放送され、クレームの嵐。だが番組中、そこの視聴率がもっとも高かったという。

「おばちゃんが言ったことがほんまやもん。久しぶりやったんでしょう、卑猥でもなんでもない。子どもを産む営みから考えれば正しいこと。その番組はそこからダーッと伸びた。僕は今そういうチャンスを狙ってるんです」

誰かの乳をもむチャンスではない。

心を売って仕事をする、けれども譲れないベース

板東英二には余裕がない。

「僕は、最後朽ち果てるのは覚悟している。いまの幸せが続くとは思えないんです。18歳で中日ドラゴンズに入ったとき、いまでいう5億ぐらいの契約金をもらったんです。もともと、食っていけたらいいやってぐらいにしか思ってなかったのに、契約金のせいで“こんだけあったらホッとする”という基点が上がってしまった。みなさんね、板東のことを、すぐに銭金の話をするといいますが…僕はお金を尊んでるから話すんですよ。人の一生とか世界のあり方を変える大切なものなのに、コソコソする方がおかしいです」

現役選手時代から、副業は花盛りだった。いつ野球ができなくなるかわからないから。入団初年度には牛乳販売店を買収。ジュークボックスの販売をやり、5年目にはマッサージ店、6年目にはビルを買ってサウナを始めた。

「マッサージは、野球のシーズンオフに、クルマにベッド積んでゴルフ場に出張して。まだTVがそんな普及してなかったから板東ってバレなかった(笑)。普段は仕事でマッサージされてたから、やられながら覚えたんです。転がり出すと、人間の力では止められないことがあってね。ゴルフ場で好評なうちに、近所にスーパー銭湯みたいなのができて、うちの店はベッドごと引っ張られた。でやりだしたら、儲かるんですね。“ええやないか”と思ってたら偶然そのタイミングでサウナに適したビルが売りに出るんですよ…」

18歳から、引退後のことを考えていたのだから筋金入りだ。

ちなみにサウナは、オープン後、地下水の汲み上げが規制され、残念ながらつぶれた。計画的にやってきたというよりは、安心できるよう、現状を維持できるようあがいてきただけ。それが予想以上に加速しちゃったり、意外な人の縁がのっかったり。

「僕は子どものころ、ほんまに貧乏やった。貧乏が一番イヤなのは、自分を売らなアカンこと。学生時代には友だちとケンカしたでしょ。意見が合わないとき、顔色なんか見ない。“俺はこう思う”って言える。でもいま上司とか取引先が無理難題言って、それは明らかに間違っていたとしても、ケンカできないでしょ? 家族とか人生がかかってるから。それを考えて、自分を売るときが一番辛い。イヤというほど味わってきたし、いまもそうです。こびへつらってでも、仕事ならばやろうと思います。それをどう凌いでるかというと…“それを侵されたら、クビになろうがどうしようがかまわない”というベースをつねに持ってるから。その譲れない部分をがっちりさせていくために、がんばってきたわけです。僕が元気だといわれる源はたぶんその辺にあるんとちゃうかな。というても、根本は愛じゃなくてメシ。メシのためなら、だいたい売るんですよ(笑)」

いまだにホッとすることはないし、ガツガツと精力的に働く。いくら儲けてもその都度損をし、「せいぜいトータルで右肩上がり程度」と笑っている。

「『板東があんながんばってるんだから、私らも山登ってみよか』とか。病院にいてる人に板東の元気さを見てもらうことで、ポジティブに考えてもらえるきっかけになったらいいなと」

銭に懸ける、驚くほど真っ当で熱いポリシーを語ってきた板東さんなのに、このヒューマニズム宣言の真意は…。

「今、『バンバンバン』で視聴率以上の潤いをもらってるんですわ。あちこちで声かけてもらえるしね、おばちゃんたちの思いをヒシヒシと感じるし…そんなもん、いま選挙出てみ、俺絶対通るから(笑)。お金も数字もほしいけど、それでは換算できないものをもらってる。この長い生活の中で『バンバンバン』が初めてちゃうかな。みんなが前のめりで見てくれてる実感がある」

板東英二がウエットスーツに身を包み、足の届かぬ清流で立ち泳ぎしつつ天然鰻を追う回は、平日2時台にして5%という高視聴率を記録したらしい。

1940年、旧満州国生まれ、徳島県育ち。徳島商業で出場した夏の甲子園準々決勝・魚津高戦では0対0のまま18回を投げきり引き分け再試合。オールドファンの心に残る選手でもある。卒業後、中日ドラゴンズ入団。在籍11年で77勝65敗。引退後は芸能界へ。ラジオ、TVの司会から俳優業まで幅広くこなす。89年高倉健と共演した映画『あ・うん』で、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。現在は、『バンバンバン』『世界ふしぎ発見!』(TBS)などに出演中。公式ブログ『板東英二のブレイクしたいねんっ!!』は

■編集後記

板東さんが芸能界に入ったのは29歳。「ほかに生きていく術がなかったんですわ。僕、現役時代からラジオでコーナー持ってたり、シーズンオフの野球選手が出てくるような番組では欠かせない人材やったから(笑)。うちの奥さんの関係で、CBCで解説してたら、すぐにDJだとかTVの司会の話をいただいて。上岡龍太郎さんと横山ノックさんと知り合って。運がよかったね…昨日、野村(克也)さんに長続きの秘訣を聞かれたんですけど、監督こそ野球ではホント長続きなんですよね」

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
photography PEY INADA
高尾万寿子=スタイリング
styling MASUKO TAKAO

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