日本人初のISS船長は、勉強より野球一筋だった!

宇宙飛行士・若田光一の高校時代

2015.03.31 TUE


撮影:稲田平
日本人初のISS(国際宇宙ステーション)船長を務めた宇宙飛行士、若田光一さんの出身校は、埼玉県立浦和高校。全国でも屈指の公立進学校だが、勉強よりも野球一筋だったのだとか。

「リトルリーグからやってきたんです。レギュラーにはなれませんでしたが、高校OBの中島潤一監督から学んだ洞察力、集中力、チームワークの3つは、宇宙飛行士になった今も大切にしています」

加えて当時の友達の存在も大きな財産。チーム一丸となって甲子園を目指す一方、将来の目標もしっかり掲げていたという。

「5歳の頃、アポロ宇宙船の月面着陸を見て感銘を受けたんですが、宇宙飛行士なんて現実的ではありませんでした。私が興味を持ったのは、両親の実家がある九州に行くのによく利用した飛行機。航空関連の仕事に就くため、数学や物理に力を入れていましたね」

成績は「墜落しない程度に低空飛行」と振り返るが、航空誌を読み、米軍向け英語ラジオを聴く日々。

「航空工学を学ぶために、九州大学を選びました。受験勉強は『タフだなあ』と思いましたよ。ただ目標が明確だと、そこに到達する一番の近道が自然と見えてくるんです。それだけに大切なのは『自分が本当に何をしたいのか』を見極めることです」

当時の自分にアドバイスするなら、「自分の努力に加えて、その道のプロにも話を聞け」。すると道筋がより明確になるとか。やがて見事合格を果たし、大学院を経てJALに就職。その3年後に宇宙飛行士の候補生となり、実際に宇宙へ挑むのだ。そして高校卒業から19年後の2001年、2度目の宇宙飛行を終えた若田さんは、なんと夏の甲子園で始球式のピッチャーを務める。

「高校時代に野球を通して学んだことが、宇宙飛行士の仕事にもつながっているんだなと、感じながら投げさせてもらいました。なによりノーバウンドでキャッチャーに届いたので、ホッとしました」

それどころか球速120㎞/hのストレート! さすが、一度狙いを定めたらど真ん中なのである。


●若田光一(わかたこういち)
1963年埼玉県生まれ。89年日本航空入社。92年NASDA(現JAXA)から宇宙飛行士候補者に選ばれ、96年エンデバー号に乗って宇宙へ。2014年ISSで日本人初の船長に任命。5月にはJAXAの後輩である油井亀美也宇宙飛行士が、ISSの第44次/第45次長期滞在クルーとして宇宙にフライト予定。

(吉州正行=取材・文)

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