シンギュラリティが訪れた未来、その時…

羽生善治、AIとの歩み「棋士は存在価値を問われてる」

2016.08.21 SUN


羽生善治(はぶよしはる)/1970年埼玉県所沢市生まれ、将棋棋士。1989年、19歳で初タイトルの竜王位を獲得。1996年に七冠を獲得。2016年8月現在、王位・王座・棋聖の三冠
「半信半疑どころか10%も信じられないと思ったんです」

2007年に出版されたレイ・カーツワイルの『加速するテクノロジー』を読んで、そんな風に思ったらしい。実はその前の年、羽生さんの天才性を科学的にひもとく1冊の本が出ている。タイトルは『先を読む頭脳』。人工知能学者の松原 仁先生が、伊藤毅志先生とともに羽生さんの頭脳と思考に切り込んだものだった。そんな縁もあって、羽生さんはこの10年ぐらい、人工知能についてはなんとなくフォローしてきたという。

で、レイ・カーツワイルはグーグルに入って人工知能の研究をさらに進めた。

今年3月、グーグル傘下のグーグル・ディープマインド社が開発したコンピュータ囲碁プログラム・アルファ碁は、世界ランキング1位の棋士・イ・セドルと5番勝負を戦い、4勝1敗でセドルを下した。

「映画かフィクションの世界みたいだなって思っていたのが、最近はだんだんリアリティを持ってきたなあと思っています」

羽生善治三冠は、この5月、叡王戦へのエントリーを表明した。昨年から始まったドワンゴ主催の一般棋戦だ。優勝者は、コンピュータ将棋ソフトウェア同士で行われる電王トーナメントの優勝者(=ソフト)と、「電王戦」で対局することになる。

●叡王戦参戦を決めた理由は…


羽生善治
羽生善治
昨年参加しなかった羽生さんが、今回参戦を決意した背景には、おそらく人工知能の驚異的な進化があるに違いない! そんな風に勢い込んで「その、参戦の思いは!」と尋ねたら、羽生さんはそよ風のように笑って答えてくれた。

「日程の問題ですね(笑)。

将棋の世界って年間通してトーナメントがあり、基本的にオフシーズンがないので、そんなところに新たに叡王戦を入れて本当に大丈夫なのか、他のところに影響が出ないのか。去年はひとまず様子を見たいと思ったんです。そのうえで今年はエントリーしてみたんですが、それで本当に大丈夫かはわかりませんね。というのも、人との対局と、コンピュータとの対局は、同じ将棋のように見えますが、まったく違う競技だからなんです」

現在の電王戦のルールでは、対戦するソフトが貸し出される。棋士は、そのソフトを対局の日まで休まず動かし続けて分析をする。そのプログラムが選びそうな手を読み、次の手を予想する手順を組み立てていく。羽生さんが言うには「将棋を指すというよりも、プログラムの特徴やバグを限られた時間とリソースのなかで見つけていくことの勝負」らしい。

ものすごく平たく言うと、ゲームの攻略みたいなことなのかもしれない。

とはいえ、羽生さんといえば、ど素人でも知ってる将棋界の象徴である。ずいぶん先のことだし、叡王戦で優勝しなければコンピュータとの対局もないのだが、万が一負けでもしたらエライことになるのではないだろうか。3月にイ・セドルがアルファ碁に敗れた時、関係者が悲嘆にくれる様子をテレビで見た。ともすれば、日本将棋界を揺るがす事態になるのかもしれない。

「将棋の世界をある程度知ってる人たちは、プログラムが強くなってきたことに、前ほど強いアレルギーみたいなものはなくなってきてるのかなと思います。でも、もちろん将棋が強いことは大前提で必要なんですが、対コンピュータということに関しては、向き不向きがあるので(笑)。私がいちばんそれに向いてるかどうかは別の話です。もちろん負けた時に、世間一般に与えるインパクトは大きいでしょうけどね」

ちなみに、向いているであろうという棋士もいるそうだ。ログまで読めて、ほぼプログラマーと同等のスキルを持ってソフトの解析をするような。そして、今後はコンピュータ方面に出自を持ち、強くなる棋士も出てくるだろうと羽生さんは言う。

「将棋界ってテクノロジーの変遷に伴って、何度か技術的に変わってきた歴史があるんです。

1回目はデータベースができたこと。昔は研究したり作戦を考えたりするのは“力に自信がないから”と蔑む風潮がありました。今は当たり前ですけど。

その後ネットが出てきて、みんなネット上で練習するようになりました。かつては地方に住んでいると、対局相手にも苦労したものですが、地理的なハンディがなくなり、若い時から山ほど対局してきている人たちがいます。ちょうど今の20代後半以降の世代かな。そして、これから。ソフトを使って練習して強くなる世代が必ず出てくるでしょうね」

そんな風に人工知能は、じわじわとその存在感を強めている。件のカーツワイルの言うように、人の労働力に取って代わる日もそんなに遠くないのかもしれない。

●棋士がこれからの時代に求められること


羽生善治
羽生善治
ここで思い至る。流通とか医療とか自動運転とか様々な可能性があるなかで、こと将棋こそ、人工知能が最も得意とする仕事のジャンルになるのではないだろうか。

「そこは人工知能の側の問題というよりは、人間の美意識の問題なんですね。次に指す手を選ぶというのは、美意識を磨くこととかなりイコールに近いものなんです。盤面にその手の可能性があったとしても、“形が悪いから”とか“センスが良くないので”という理由で指さないのが人間で、そこをいかにきめ細かく見分けられるか…その部分を鍛えていくことが“将棋が強くなる”ということだったんです。

ただ、正直なところ、従来の美意識では“これはないね”と判断していたものも、“やってみたら、この組み合わせも案外オシャレとしてはいいんじゃない?”っていうような価値判断で受け入れられることもあります。実際にコンピュータが見つけた手や新手がセオリーになった例もありますし。

もしかしたら美意識が思考の幅を狭めているかもしれません。コンピュータは、盲点がない分、非常に創造的で、でも提示してくる莫大な可能性の多くは、人間から見れば無価値で無意味だったりすることも多くて…」

まだ羽生さんとしても、人工知能へのスタンスは決まっていない。何しろ先方はものすごいスピードで日々進化しているのだ。

「今すでにもう、コンピュータ同士が24時間対局し続けている『FLOODGATE』というサイトがあるんです。それでどんどん新しい棋譜が生まれています。仮に何百万という将棋ファンが、“こっちがいいや”と思うようになってしまえば、棋士という職業はなくなってしまうかもしれませんね。今、棋士には、それ以上の価値をつくることができるかどうかが問われているのだと思います。

歴史的な皮肉だなあと思うんですけど…将棋ってもともと家元制度で、江戸時代には一部の人しか指せない閉じた世界だったんです。名人も世襲制で。大正時代以降、将棋連盟もでき、実力次第で誰でも入れるような世界にした。そこにどんどんテクノロジーが入ってきて、今のような状況になっていることに、すごく不思議なものを感じますね。まあ私自身は楽観していないです。シンギュラリティ(人工知能が人間の能力を超える分岐点)が訪れた時、棋士が存在しているかは、今はわからないですね」

(文・武田篤典/steam 撮影・稲田平)

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