戦場カメラマンから新人へのメッセージ

渡部陽一「メモを取れ。夢は叶う」

2012.02.27 MON


「ひとつひとつ書き出して、線を引け!」
戦場カメラマン 渡部陽一


「戦場カメラマンの、渡部、陽一です」

開口一番で驚いた。見た目も話し口調も、テレビで見た“渡部陽一”そのままなのだ。本人に聞けば、キャラクターを作っているわけではなく、自前の個性と仕事の手法が組み合わさってできたものらしい。一体どういうことか。その由来をひもとくには、約20年前、まず渡部さんが“デビュー”した当時に遡ろう。

「学生のころ、バックパッカーとして、アフリカの狩猟民族であるピグミー族、別名ムブティ族に会いに行こうとしたのがキッカケでした。当時その地域ではルワンダ内戦と呼ばれる紛争が起きていて、大量虐殺が行われていたのです。血だらけの子供たちを見ても、僕は何もしてあげられない。そこで、戦場カメラマンなら子供たちの声を世界中に届けられると思い立ちました。20歳のころです」

かくして戦場カメラマンを自称し、戦地に身を投じる人生が始まる。しかし誰に何を教わったわけでもない。

「フリーのカメラマンは、自分で取材費をまかなわなければなりません。よって、いかに費用を抑えるかが重要なのですが、駆け出しのころ、アフリカの地雷原でガイドさんをケチったばかりに、検問でお金もカメラも没収されたのです。旅行者の感覚で戦地に赴き、常識である危機管理意識が不足していた」

そこで考え方が変わった。ヒゲを蓄えた風貌も、イスラム地域で溶け込むため。独自の語り口調も、様々な国や地域で的確にコミュニケーションを取るため。ちなみにテレビに出ることすら「伝えるため」と断言するのだ。

「報道やバラエティ番組に出るようになって、うれしかったことがひとつあります。それは、『ヘンなヒゲのおじさんが言ってるイラクって、どこにあるの?』といった具合に、テレビの前の子供たちが国際情勢のキーワードに興味を持ってくれるようになったことです」

いまやすっかり人気者だが、爪の先まで“仕事”一筋なのだ。

「初心は、今でもハッキリと残っています。今、僕は39歳ですが、気分は20歳なんです。自分が決めたことは続けていく。これは僕の性格かもしれません。だから僕は現場絶対主義です。イヤになったことは、一度もありません。いかなる状況に陥ったとしても、世界中でたくさんの人と出会い、声を伝えていく」

この思いは、下で紹介する2冊の著書に詳しい。渡部さんの感じたことが克明に記されているのだ。

「僕が若い人たちに何か言えるとしたら、メモを取れ、です。思ったり感じたこと、やるべきことを書き出すこと。インプットは誰もができることですが、アウトプットは難しい作業なんです。ひとつひとつ書き出して、埋めて線を引く。するとやるべきこと、目標、夢は叶います。これは僕の“初心”として、ずっと続けていることです」

堀 清英=撮影
吉々是好=取材・文

  • わたなべ・よういち

    1972年静岡県生まれ。大学在学中から戦場カメラマン一筋だが、2009年、TBS『1億3000万人の法則』の取材以来、各種メディアへ盛んに登場するようになる。だが以降も2011年にアフガニスタンで米軍に従軍するなど、頻繁に海外で取材を続ける。最新記録は著書、『ぼくは戦場カメラマン』(651円)『硝煙の向こうの世界 -渡部陽一が見た紛争地域-』で!

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