気鋭の哲学者から新人へのメッセージ

萱野稔人「人の目なんて気にするな」

2012.02.27 MON


「人の目を気にせず、どんどん挑戦しろ!」
津田塾大学准教授・哲学博士 萱野稔人


今、論壇で注目を集める若手哲学者だ。94年に早稲田大学を卒業後、パリ第10大学で哲学を学び、帰国。東大の研究機関を経て現在は津田塾大学の准教授と、いかにも華麗な経歴に見える。だが、ことはそう単純でもなかったらしい。

「そもそも大学を1年留年して卒業後はフリーターになったんです。あまりプレッシャーはありませんでしたが、いざやるとつらくて。就職を考えたんですが、どうせなら大学院に行って“新卒”で社会に出ようと。さらに、どうせ進学するなら留学にしようと」

一発逆転を狙って留学。フランスにしたのは、英語よりもフランス語が好きだったことと、フランスの現代思想が流行っていたから。

「生活費と学費、年間100万円で過ごしました(笑)。研究者になるつもりはまったくなかったんですが、修士課程が終わったら20代後半で。でも勉強が面白かったので、博士号取ろうかなと思ったんです。するとほかの就職はあきらめなきゃいけない」

大きな賭けだったが、フリーター経験で培われた度胸は、“ワーキングプア”も視野に入れた決断を下す。そんな折、フランスの思想家バリバール氏の教えを受けた経歴を買われ、『現代思想』という論壇誌に寄稿することになった。

「うれしかったですね。でも大学院にいる間だったので、まだ学生気分でした。社会人という意識が生まれたのは、帰国して津田塾大学に来てからです」

帰国したとき、日本社会の変わり様に驚いたという。

「景気は低迷し、フリーターで生活が厳しいとか、ネットカフェ難民という言葉が生まれていました。今後、かつてのように、経済が良くなっていくとは思えません。人口が減っていく分、ひとりに求められることが増える反面、賃金は減っていくでしょう。ただ、価値観は多様化していきます。置かれた状況の中で、いろんな幸せの見つけ方が生まれていくと思います」

そしてもうひとつ気になっていること。それは、コミュニケーションの息苦しさだという。

「人の目を気にする度合いが高まっているんだと思います。“空気を読む”が過ぎると、息苦しいんです。たとえば少し前にトイレの個室で昼食をとる学生が話題になりましたが、その理由を聞いてみると『友達がいない人だと周りから思われたくない』と。みんな自意識過剰で自分がかわいくて、失敗したくない、恥をかきたくないと思っているんです。でも、誰もそんなの見てないですから。プライドを捨てると、行動範囲はとても広くなりますよ」

考え方次第で、生きやすくなるということだ。

「ただ、若い人たちの適応能力は、年長世代が考えるよりも高いと思います。日本社会全体が暗くなって、親より金持ちになれなくても、悲観することはない。萎縮しないで行動することです」

実際、萱野先生がそれを体現しているのだ。冒頭で“哲学者”と書いたが、先生の話の大筋は社会学にかかわる内容だったりする。

「哲学ってそもそも“何でも屋”で、どんな分野でも応用できるんです。それが今は昔のテキストを読むだけになっているんですよね。だから僕もいろんな人にいろいろ言われますが、結局は自分が納得できるか。人の目なんて気にしない方が、満足度高く生きられると思うんです。だからどんどん挑戦して、やったあとに考えればいいんですよ

堀 清英=撮影
吉々是好=取材・文

  • かやの・としひと

    1970年愛知県生まれ。94年早稲田大学文学部卒業。95年に渡仏し、2003年パリ第10大学で哲学博士号を取得。東京大学大学院の国際哲学交流センター研究員を経て、現在津田塾大学准教授。? 最新刊『没落する文明』は科学史を専門とする神里達博氏との対談本。東日本大震災前後での価値観の変化を踏まえつつ、近代文明の限界を論じている

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