「訃報ドットコム」を見て考えた

全国紙のニュースになる「訃報」の基準とは?

2008.03.28 FRI


「まだ若い人の訃報は特に印象に残ります。自分より若くして死んだ人のことを思うと『僕もあんまりダラダラ生きてちゃいけないなー、いつ死ぬかわからないのだから、精一杯頑張って生きよう』という気分になったりします」(pha氏)
人は生まれて、必ず死ぬ――。

社会に大きな影響を与える死もあれば、身近な人々だけに静かに見送られる死もある。人間の数だけ死があって、その受け止められ方は千差万別だ。

家族の死を親類縁者に伝えたり、会社の同僚や上司が亡くなったことをビジネス上の付き合いがある人々へ知らせるなど、身の周りで「訃報」に関わる機会は少なからずある。

その一方で、新聞にはほぼ必ず「おくやみ」欄があり、毎日多くの人物の死が掲載されている。

全国に伝えられる訃報とは、一体どんな基準で選ばれているのだろうか。某全国紙の担当者に問い合わてみた。

「例えば、国会議員や官僚、一部上場企業の経営者、大学教授、芸能人やスポーツ選手など、各分野で業績を残した人物の訃報が対象になります。誰を掲載対象とするかについて社内的な基準はありますが、知名度などを考慮して個別に判断するケースもあります」

また、各都道府県で発行されている地方紙には、地元の功労者や学校の校長先生など、ローカルな有名人の訃報も掲載されている。

こうした記事のほとんどがウェブにも掲載されている状況を受けて、訃報のニュースだけを集めたサイトを作った人がいる。運営者のpha氏が『訃報ドットコム』を作ったきっかけとは?

「山田風太郎の『人間臨終図巻』という古今東西の有名人の死に様だけを集めた本がありますが、それをウェブ版で作ってみたいと思ったのが最初です。毎日の訃報から知名度がある人物のものをピックアップしつつ、過去の死者の情報についても少しずつ追加しています」

たくさんの訃報記事を集めることに、pha氏はどんな意義を見いだしているのだろうか。

「生前どんなに成功して栄華を誇った人も、最後は肉体を持ったただの動物として死んでしまう。自分がいずれ死んで灰になることを意識することで、生き方を根本的なところから見直すことができると考えています。死は避けられないものだから、常に死を意識しつつ、後悔しないように生きるというのが理想です。なかなか難しいですが。中世ヨーロッパには『メメント・モリ(死を思え)』といって生を顧みるために死を想起する文化がありましたが、訃報ドットコムが現代の『メメント・モリ2.0』になればいいと思っています」

日々掲載される訃報記事を読みながら、いつか訪れる自分の死は誰にどうやって伝えられるのか、考えてみるのもいいかもしれない。

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