「非常口サイン」は日本発の世界基準だった

ユニバーサルデザインについてその制作者・太田先生に聞いた

2007.05.17 THU


度重なる“地震発生”のニュース。改めて、危険と隣り合わせの生活であることを自覚させられている今日から遡ること22年前、日本発の「非常口サイン」が国際基準として世界に認められた。

「1970年代、多くの命を奪ったふたつのデパート火災が引き金となり、災害時の避難誘導のあり方が社会問題化しました」と、当時デザインの制作を先導した多摩美術大学教授太田幸夫先生は顧みる。

「以前の『非常口』は漢字3文字による表示でした。しかし、学習が不可欠な文字表記は、万人に理解されるものではないですし、瞬時に判別しづらい。よって、ひと目で認識できるピクトグラム(絵文字)の必要性が意識されたのです」(同)

その後、現行のデザインがまとめあげられ、1980年に日本政府はISO(国際標準化機構)に提起。

「実は、その時すでにソ連案に絞られつつあったので、ソ連から激しい反発が。新聞に『日ソ対決』などと書き立てられたほどでした」(同)

ソ連案の問題点を指摘した太田先生の尽力により、数年に亘る議論を経て、日本案が採用される。

「国際交流・協調なしに、世界が直面する地球規模の問題を解決し得ません。だからこそ、言語の壁を越えるピクトグラムの担う役割は大きいのです。ユニバーサル・コミュニケーションデザインとは、テーマとモチーフに忠実であること。いっさいの好みや個性を滅却したアノニマス(無名)性ではないでしょうか」(同)

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト