「野球部」補欠→「ラグビー」日本代表の例も

スポーツ競技“転職”事情

2014.02.06 THU


ラグビー歴4年で東芝に進んだ大野。才能を開花させ26歳の時に初めて日本代表に選出。以後、10年近く、第一線でプレーしている 画像提供/北村大樹/アフロスポーツ
「元プロ野球選手の梶本勇介(元オリックス)が7人制ラグビーの日本代表候補に?」。先日、そんなニュースが話題を呼んだ。結果は興味深いが、経験の浅い他競技からの転向選手がトップを極めるということは、どれほど現実的なのだろうか?

実は現在のラグビー日本代表常連である大野 均(東芝)は、大学からラグビーを始めた選手。屈強なボディながらスピードにも恵まれたトップ選手だが、高校時代は「野球部」の控え。進学した日大工学部でラグビー部に勧誘されたことが競技転向のきっかけだ。そこでラグビーにハマり、キャンパスがあった福島の国体選抜メンバーに選ばれ、トップリーグの強豪・東芝に練習参加したことでチャンスをつかんだ。まさに転向が生んだサクセスストーリーである。

ただ、大野のような例は珍しい。転向選手で多いのは、他競技で何らかの実績を残したタイプ。ソフトボールの投手として五輪通算8勝、シドニーで銀メダル、アテネでは銅メダルを獲得した高山樹里がそうだ。2009年冬「体型的に競技に向いている」という周囲の声もありボブスレー挑戦を決め、現在はスケルトンに専念。昨年12月の全日本選手権では5位に入った。そり競技は過去も陸上のトップ選手だった青戸慎司が五輪に出場するなど転向組が多い競技だ。

梶本のようにプロ野球では花開かなかったが他競技で、というケースでいくと、プロ野球OBが多いのが競輪。元ヤクルトの投手だった松谷秀幸は、2013年、元プロ野球選手として初めてGIIIレースを制している。また、五輪種目の自転車競技も転向選手が目立つ。過去、スピードスケートで活躍した橋本聖子や大菅小百合が挑戦した例がある。

運動能力が優れていても、競技との相性に恵まれないケースもある。才能を埋もれさせない「転向」、もう少し増えてもいいかもしれない。
(長谷川一秀)


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