「その後」から処世術を学べ!

正論or暴言? 球界造反エピソード

2014.05.07 WED


千葉マリンスタジアム(当時)での対千葉ロッテ戦で舌禍事件を起こした金村氏。事件後にヒルマン監督は謝罪を受け入れ「わだかまりはない」などと話していたが…
どんな職種であれ、組織で働いている以上は上司の指示に従うのが基本。チームワークを何より重んじるプロ野球においても、球団フロントや首脳陣批判と取られる言動は御法度だ。にもかかわらず、そうした“造反エピソード”は、昔からたびたび噴出している。

記憶に新しいところでは2008年、森岡良介選手(東京ヤクルト)が中日時代に起こした一件がある。二軍の試合で無死満塁のチャンスに三振した後輩選手に対して、打撃コーチが激しく叱責。たまらず森岡が「僕らだって一生懸命やっているのに、ひどくないですか」と訴えたところ、これがコーチへの暴言、造反と見なされて1週間の謹慎処分を受けたとスポーツ紙で報じられた。その後、オフに戦力外通告されてしまう。名門・明徳義塾高で主将、現在はヤクルトの選手会長を務めるなど、キャプテンシーが強い森岡。正義感が仇となってしまった、なんとも気の毒なケースだった。

2006年には、北海道日本ハムのエースだった金村 暁氏(現解説者)が監督批判をして大騒動になった。残り試合もわずかとなった9月24日、金村氏は5年連続2ケタ勝利と6年連続規定投球回到達の記録をかけてマウンドに上がった。ところが4対1とリードして迎えた5回裏に2死満塁のピンチを招くと、トレイ・ヒルマン監督は投手交代を宣告。あとワンアウトというところで2つの記録を逃してしまった金村氏は、報道陣の前で「外国人の監督は、個人の記録なんてどうでもいいんじゃない」「絶対に許さない」などと発言。球団からは、プレーオフ終了までの出場停止と罰金200万円という厳罰が下された。そして翌年、ケガの影響もあり不振に終わると阪神へトレードされてしまった。

さらに時代をさかのぼると、今なら流行語大賞級の“迷言”エピソードがちらほら。なかでも有名なのが、辛口解説でおなじみの江本孟紀氏の「ベンチがアホやから、野球がでけへん」事件だ。阪神在籍時の1981年8月26日のこと。先発の江本氏は8回表に2点差まで追い上げられて、なお二死二、三塁の大ピンチ。次の打者は敬遠か、それとも投手交代なのか…。指示を仰ごうとベンチを見たが、なぜか監督の姿が見当たらない。結局、様子見で投げた球を打たれ同点に追い付かれてしまった。本人の著書によると、実際は降板後ロッカールームへ向かう途中につぶやいた「アホくさ」「やってられへん」などの言葉を、新聞記者がつなぎ合わせて作ったフレーズだったそうだが、これには伏線があった。江本氏が共鳴する「考える野球」を標榜していたドン・ブレイザー監督が、フロントとの軋轢から前年のシーズン途中で解任されたこと。後任の中西 太監督の行き当たりばったりな采配に不信感が蓄積していたことなどだ。球団は謹慎10日間の処分を提示したが、江本氏はこれを拒否すると試合翌日に引退を発表した。

「江夏の21球」などで知られる往年の名投手、江夏 豊氏(現解説者)はグラウンド外でのふとした一言が、選手寿命を縮めることに。1984年、日本ハムから移籍した西武では、広岡達朗監督により食事のメニューから私生活まで徹底した管理野球がしかれていた。そこで江夏氏は、ある素朴な疑問を監督にぶつけてしまう。「監督は玄米を食べているのに、なんで痛風なの?」。その直後に二軍に落とされ、再び活躍の場を与えられることはなかった。球団に不満を抱いた江夏氏は、シーズン終了後に現役引退を申し出た。

事件当時、すでにベテランだった江本氏(34歳)や江夏氏(36歳)は自らの意志で球団と決別する選択もできたが、まだこれからという若い選手はそうはいかないだろう。いずれにしても、造反の後には必ず何らかのペナルティが待っている。おとがめなしで済むことは、ほぼ皆無だ。もし職場で“プチッ”といきかけた時は、一連のエピソードを教訓にぐっと堪えるのが賢明かも?
(菅原悦子)

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