サッカー選手はホントに高給取り!?

Jリーガー平均年俸は2000万弱

2014.12.14 SUN


「J2はもっと過酷だ」とある元日本代表選手は、J2チームからのオファーの金額を見て引退を決意した。J2の平均年俸は440万円前後 といわれており、それにも満たない数字だったからだ。その選手いわく、J2には「1,000万円貰えたら最高」と語る若手選手は多いという ※画像はスクリーンショットです
12月13日、ガンバ大阪が天皇杯を制し、2000年の鹿島アントラーズ以来14年ぶりの年間三冠を達成して幕を閉じた今年の日本サッカー。リーグ戦の終盤では、人気3チーム(ガンバ大阪、浦和レッズ、鹿島アントラーズ)が最終節まで優勝争いを繰り広げたことで、例年以上の盛り上がりを見せた。11月22日に行われた首位攻防戦の浦和レッズ対ガンバ大阪戦は、今シーズン最高観客動員数(5万6758人)を記録するなど集客面でも好調だった様子。優勝争いを繰り広げたチームでは来期の年俸アップを勝ちとる選手もいるだろう。

プロサッカー選手の年俸といえば、香川真司(ドルトムント/ドイツ)や本田圭佑(ACミラン/イタリア)の約7億5000万円、長友佑都(インテル/イタリア)の約5億2000万円など、海外組の高額年俸ばかりが話題になる。だが、これは世界で戦う一線級に限った話。国内の日本人Jリーガーたちの平均年俸は、J1に限っても2000万円前後。Jリーグ草創期から現在までの推移を4年おきに算出すると以下のようになる。

●サッカーJ1、日本人選手の平均年俸
※1994~98年はJリーグ公式発表を参照。99年以降は報道等を参考に編集部で独自に算出)
1994年 2100万円
1998年 2200万円
2002年 1500万円
2006年 1600万円
2010年 1850万円
2014年 1900万円

1993年に華々しく開幕したJリーグ。人気が急拡大し、選手年俸は右肩上がりに。95~97年の平均年俸はおよそ2500万円だった。「開幕当初は世界的な外国人選手も多く、平均年俸は外国籍選手含めると4000万円を超えていました」と当時を知るJリーグ関係者が語るように、サッカー界全体が盛り上がりを見せていた。

しかし、その勢いは97年にピークを迎え、彼らの年俸は“Jリーグバブル”の崩壊と共に右肩下がりになっていく。景気の悪化に加え、企業がJリーグの広告価値に懐疑的になり、広告費を縮小。チームが使えるお金は少なくなり、人件費も削られた。98年にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)が三浦知良や柱谷哲二らを放出したのが最たる例だろう。その年の日本人平均年俸は2200万円に下がった。

この頃から、日本に世界的な外国人選手が来ることもなくなった。逆に日本人で高い給料を得ていたトップ選手たちは98年のフランスW杯後に海外へと進出していくようになる。中田英寿がイタリア・ペルージャへ移籍し活躍を始めたのもこの頃だ。

だが、Jリーガーたちの給料が下がる一方で、Jリーグのチーム数は増えていく。発足当初は10チーム体制だったが、99年にはJ1・16チーム、J2・10チームの計26チーム体制に。新たなファンを掘り起こすよりも各チームが観客を奪い合う形になり、チームの収益力が低下。給料低下に拍車がかかり、2000年の日本人の平均年俸は1500万円まで下落した。

その後、2004年に緩和された移籍制度により、一部チームの平均年俸が上がることはあったものの、J1全体の平均年俸は1500万~1600万円程度で横ばいの状態が続く。この流れにやや変化が生じたのは、2000年代の終わり頃。2010年1850万→2014年1900万と上昇に転じた。

「これは2009年にサテライトリーグ(2軍)が廃止された影響でJ1全体の選手数がピーク時の約500人超から、年俸の少ない選手を中心に約60~70人ほど減ったことが原因です」(前出のJリーグ関係者)

現在のJ1は、浦和レッズのように選手年俸が平均4000万円近いクラブもあれば、1000万円に満たないクラブもある。全体の平均年俸には表れないが、いわば格差が広がっている構図だ。ちなみに、プロ野球の支配下公示選手の平均年俸は3678万円(2014年)。単純比較はできないが、Jリーガーの厳しさがうかがえる。

第一生命が89年から毎年発表している小学生男子の「大人になったらなりたいもの」アンケートで、サッカー選手が初めて第1位になったのはJリーグ開幕の93年。あれから20年、その夢に見合った年俸を貰える選手は、日本のサッカー界で250人程度しかいないのが現実のようだ。
(石井紘人@FBRJ_JP)

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト