実現していたら球界はどうなっていたのか!?

イチロー・原も?幻のトレード3選

2015.07.31 FRI


今季途中に巨人から日本ハムにトレード移籍した矢野謙次。今やチームに欠かせない存在だ (C)時事通信
7月31日はプロ野球の移籍期限。毎年、期限ギリギリまで、水面下でトレード交渉が行われているのだとか。だが、各球団の思惑や人間関係も交錯し、成立寸前までいったのにご破算に終わってしまうトレード話も数多い。そんな「幻のトレード」を集めてみた。

●のちのメジャーリーガー同士の交換トレード「イチローと佐々木主浩」
もし成立していれば日本球界のみならず、メジャーの歴史までも変えていたかもしれない幻のトレードが画策されたのが1994年シーズン開幕前。イチロー(当時オリックス)がまだ「鈴木一朗」で、佐々木主浩(当時横浜)がまだ「ハマの大魔神」と呼ばれる前のことだ。

事の発端は、93年オフに球界を揺るがした横浜の主力選手一斉解雇騒動だ。選手を大事に扱わない球団に不信感を抱いた佐々木が「こんな球団でやってられない」とトレードを志願し、当時の横浜・近藤昭仁監督がオリックス・仰木 彬監督に鈴木一朗とのトレードを打診。仰木監督に「まだ1年間見ていないから出せないな」と断られた顛末がノンフィクション『4522敗の記憶』(著:村瀬秀信/双葉社)の中で語られている。

●関西を代表する主砲同士の“御堂筋トレード”「門田博光と掛布雅之」
チーム・選手双方のマンネリ化を防ぐため、「チームの顔」であってもトレードに出されるケースはある。近年では2013年1月、日本ハムの主力だった糸井嘉男がオリックスに電撃移籍したことが記憶に新しい。

過去、そんな主力同士の移籍劇で幻に終わったのが1980年オフ、南海の主砲・門田博光とミスタータイガース・掛布雅之の交換トレードだ。2013年に行われたトークショーで、トレードの噂について門田本人が言及。「これは本当にありました。でもスポーツ新聞に早く出て、消えたんです」と話している。

一方の掛布も『巨人-阪神論』(江川 卓との共著/角川書店)のなかでこの幻のトレードについて触れ、「このトレードが成立すれば、もう引退するつもりでした」と明かしている。もしこのトレードが実現していたのなら、1985年の阪神日本一はあり得たのだろうか?

●超大型すぎた幻のトレード「落合博満と原 辰徳」
トレード史を語るうえで必ず話題になる、1986年オフのロッテ・落合博満と中日4選手による「1対4」の超大型トレード。だが、当初落合の移籍先として本命視されていたのは巨人で、中日は必ずしも落合がほしいわけではなかった。「落合の巨人入りだけは避けたい」というのが本音。当時の中日・星野仙一監督は自著『ハードプレイ・ハード』(文藝春秋)のなかで、「V9時代の再来のような、そんな強力打線を組まれたら、他のチームはたまらない」と、落合獲得に参戦した経緯をつづっている。

ではなぜ、巨人は落合を中日にさらわれてしまったのか? 『プロ野球新・トレード史』(ベースボール・マガジン社)によれば、この時ロッテ側がトレード相手として要求したのは、チームのスター・原 辰徳か、こちらも看板選手の中畑 清。それに対して巨人が放出してもよい、と提示したのが西本 聖、角 三男、松本匡史、篠塚利夫のいずれか…。たしかに好プレイヤーたちだが、すでに三冠王を2回獲得していた落合とは釣り合わなかった。

いくらなんでも巨人が原を放出することはなかったと思うが、中畑・落合のトレードならあり得たのか? もしそうなっていたら、今日の監督事情も変わっていたことは想像に難くない。そんな「if」も含めて各球団のトレード史を見ていくと、野球がもっと楽しめるのではないだろうか。
(オグマナオト)

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