世界を極めた27歳がすべてを捨てて挑戦

WPG世界王者・青木治親がオートレースに転向した理由

2004.11.18 THU

二輪ロードレースの元世界王者、青木治親が今夏、オートレーサーに転身した。治親がバイクに乗り始めたのは6歳。二人の兄にならいポケバイに乗り始めた。やがて彼らは、その実力から「青木三兄弟」と呼ばれ、カップヌードルをスポンサーにロードレースで活躍した。治親自身は16歳でロードレースデビュー。全国各地の選手権を戦い、38戦中30勝という前人未踏の成績を残した。翌年、17歳でワールドグランプリへ参戦。それは、例えば高校サッカーの選手がJリーグでプレイする前に、いきなりセリエAでプレイするほどの特進といえる。そして3年後、二人の兄が成しえなかった夢、125クラスの「世界チャンピオン」になったのだ。さらに翌年、2年連続チャンピオンを獲得。17歳の少年が高校を中退して選んだ道で、わずか3年。一つの頂点を極めてしまった。順風満帆だった。しかし…。

250クラスにステップアップしてからの治親に不運が続く。翌年走るはずのチームが脱税で摘発され崩壊、あるいは、シーズン途中でチームが倒産、そしてついに満足のいく条件で世界を走ることができなくなってしまった。日本企業が景気の低迷でモータースポーツの協賛から降りてしまったこと、ヨーロッパの企業は自国のライダーを大事にする傾向が強くなったこと、すべてが治親に不利な方向に進んでいた。

「一生ライダーでいたかったんです」

27歳の治親が選んだ道がオートレーサーだった。年をとっても、レーシングライダーとして稼げるからだ。生まれて初めて勉強をし、筆記試験を含む養成所への入所試験に受かった。特別枠での入所、年の離れた若い仲間との10カ月に及ぶ軍隊生活にも似た研修を経て、8月、治親は川口オートでデビューした。デビューから5連勝したが、そう簡単ではない。勝てないレースも続いた。これから長いライダー生活が始まる。ロードで世界を極めた男が、次はオートで一番になるために走り続けている。

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