氷上を駆け抜けるスケルトンって何だ?

日本スケルトンの第一人者越和宏・40歳の五輪挑戦

2005.01.13 THU

12月9日にオーストリアのイーグルスで行われたスケルトンW杯第3戦、16位という不本意な結果に終わっても、越和宏の表情は意外なほどサッパリしていた。

かつては“越ライン”とまで世界に評された理想的なライン取りで滑っても、雑な滑りをする選手に負けてしまう。02年ソルトレーク五輪8位でチラッと感じた疑問も、「何でだ」という憤りと、自分のプライドを守る気持ちに押さえ込まれていた。それが「W杯第1戦と2戦の9位と8位は紙一重の差のラッキーな結果。今以上の結果を求めるなら、“越ライン”を一時は忘れ、別のものを見つけていかなくてはいけない」と、方向性がはっきりしたからだ。

走りながら押すソリに腹這いになって飛び乗り、氷のコースを一気に滑り降りていくスケルトン。「ボブスレーで五輪へ!」という夢が挫折した越は、92年にこの競技へ転向した。1928年のサンモリッツ大会以来五輪で採用されていなかったこの競技が、将来五輪競技に復帰する可能性はゼロに近い状況だった。そんなマイナー競技に、日本の草分けとして支援者を探しながら取り組んできた越にとってみれば、五輪競技であり支援者がいる今は、過去とは比べものにならないほど希望が見えている。40歳になっても五輪を目指すのは、そんな幸福感を十分噛みしめたいからにほかならない。

「針の穴を通す、以上のことをやらないと自分に勝ちは転がり込んでこないと思うけど、今回、稲田勝に負けたというのはいいことだと思うんです。若い選手が台頭してくれば『自分はトップに安住できないぞ』という危機感を持てる。そういう状態の国が、今は本当に強くなっていますから」

夏場は他の選手のトレーニング指導をしながらでも、今季は各コースで、スタートからの50m区間のスプリントタイムは自己新を更新している。自らの進化の可能性を信じられるからこそ越は、06年トリノ五輪、さらにはその次へと、大きな夢を膨らませ続けられるのだ。

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