一世を風靡した“ゾノ”がついに引退

栄光と転落を味わった前園真聖のサッカー人生

2005.06.23 THU

アトランタ五輪の星、前園真聖が引退した。本人は「35歳まで現役を続けるつもりだったけど、引退した後の人生の方が長いから」と引退の理由を語った。しかし、まだ31歳の早すぎる引退だった。鹿児島実業高から横浜フリューゲルスに入団。得意のドリブルでファンを魅了してきた。そしてアトランタ五輪では、ブラジルを破る歴史的な勝利、「マイアミの奇跡」に貢献した。

当時、Jリーグでも前園のドリブルは、ファウルでしか止められなかった。前園は「日本のマラドーナ」になろうとしていた。しかし97年、V川崎に電撃移籍してから、転落のサッカー人生を送ることになる。得意のドリブルは止められ、ピッチに倒れるシーンが増える。ドリブルを失った前園は普通の選手に成り下がっていった。翌98年、前園はブラジルへ渡り、サントス、ゴイアスでプレーするが、いずれも1年で退団。00年にはJ2の湘南でプレーし、01年に東京Vに戻ったが、出場機会に恵まれず、近年は韓国Kリーグでプレー。その後、J1のチームに売り込むが失敗。今年5月には、セルビア・モンテネグロのクラブチームのトライアウトにも落ち、引退を決意。

23歳の若さで、周りから過剰な期待をかけられたことは、前園にとって自分を見失うことに繋がったのかもしれない。V川崎に移籍後は、キレのあるドリブルが影を潜め、マスコミからも非難された。五輪後は日本代表に選出されても、期待に応えるようなプレーはできなかった。それでも「海外でプレーする」と夢を追ってブラジルに渡った。それは、夢を実現するためだけではなく、もう一度輝くために、サッカーの本場ブラジルで自分の得意なドリブルを磨くためだった。しかし、前園が再び輝くことはなかった。「早熟の天才ドリブラー・前園」が輝いたのは一瞬だった。しかし、その輝きはあまりにも衝撃的だった。

前園は今後、後進の育成に関わっていきたいという。今度は自ら「日本のマラドーナ」を育てていく。

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