スーパーアグリの佐藤琢磨は15位完走

「鈴鹿・日本GP」20年の歴史に幕。シューマッハーはラストランヘ…

2006.10.12 THU


記念すべき20回目の、そして、最後の鈴鹿日本GPが終わった。表彰台の真ん中に立つフェルナンド・アロンソの姿を見ながら、僕は改めて、その意味をかみ締めていた。

振り返れば、初めて鈴鹿でF1が開催され、日本人初のレギュラードライバー、中嶋悟がロータス・ホンダで「凱旋」を果たした87年がすべての始まりだった。日本中が一気にF1ブームに巻き込まれるなかで、鈴木亜久里、片山右京、高木虎之介、中野信治ら日本人F1ドライバーが次々に誕生。鈴鹿は「セナ対プロスト」の熾烈な対決に沸いた。デイモン・ヒルが、ミカ・ハッキネンが、そしてミハエル・シューマッハーが、この日本GPでタイトル獲得を決め、幸運な日本のファンたちは、その証人となった。

来年からトヨタが所有する富士スピードウェイにその舞台を移すことが決まり、とりあえず「最後の鈴鹿」となった今年の日本GPには、サーキットの新記録となる16万1000人の大観衆が詰めかけ、やはり今季限りでの引退を宣言しているシューマッハーと若きディフェンディング・チャンピオン、アロンソの王座をかけた対決を目の当たりにする幸運に恵まれた。レースは37周目までトップを快走していたシューマッハーが2000年以来、実に6年ぶりのエンジントラブルでリタイアに終わり、2番手につけていたアロンソが逆転優勝! 日本GP前の時点でともに116点と同ポイントで並んでいた両者のタイトル争いは、最終戦ブラジルGPを残してアロンソが10点のリードと、王手をかけた形。偉大な王者・シューマッハーの「最後の鈴鹿」は同時に、一つの時代を象徴する1 戦になった。

レース終了後、15位完走を果たした佐藤琢磨(スーパーアグリ)が超満員のグランドスタンドに手を振り、ファンの歓声に応えていた。その琢磨が10歳の時、初めてF1を見たのが87年、第1回目の鈴鹿日本GP! 少しだけ暮れ始めた「最後の鈴鹿」の空に、琢磨の健闘を称えるファンの声がいつまでも響き続けた…。     

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