メジャー移籍の交渉難航…

松坂を大投手へと導いた高校時代の“ある敗戦”とは…

2006.12.14 THU


1997年7月29日。この日、横浜スタジアムでは夏の甲子園・神奈川県代表を目指し、横浜高校と横浜商業の準決勝が行われていた。回は大詰め9回裏。得点は2対1で横浜高がリード。守りきれば甲子園に王手をかける横浜高。マウンドに立つのは2年生エース・松坂――。今オフ、メジャー移籍で話題を集める松坂大輔が、まだ16歳だったころの姿である。

思えば、この一戦が1年後の夏に甲子園で名勝負を繰り広げ、2年後にはプロ野球界の至宝として栄光を手にする男の、本当のスタートだった。高校時代の松坂を指導した渡辺元智・横浜高校監督が「あの試合を境に、松坂のピッチングの幅が見違えるほど広がった」と語ったのは有名な話である。

しかし、だからといってベストピッチだったわけではない。なにより松坂は、この試合を落としているのである。最終回、松坂は同点に追いつかれ、なお1死1・3塁のピンチを招いたあげく、スクイズを警戒して外そうとしたボールを大暴投。まさかの敗戦を喫したのだ。松坂はこの敗戦を契機に、力でねじ伏せるだけではなく、制球や緩急で打ち取ることや精神力も大切だと気づき、「勝てる投手」へと変貌していったという。「3年生に申し訳ない」。天真爛漫で練習嫌いといわれた松坂が、初めて経験した大きな挫折。それこそが彼を大投手へと導く第一歩だったのだ。

松坂のプレーは、平凡な僕たちには絶対にマネできない。しかし、本当の凄みとして憶えておきたいのは、流行語となった「リベンジ」という彼自身の言葉通り、失敗や挫折をしても必ずはい上がってきたことではないだろうか。

原稿執筆時点では、まだレッドソックスとの入団交渉が続いている。交渉期限は12月15日14時(日本時間)。正式にメジャー入りが決定した暁には、アメリカでも不屈の姿を披露してくれることを期待してエールを送りたい。


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