平成のKOキングに学ぶ真のハングリー

坂本博之、ついに引退…不屈のボクサーの生き様を追う

2007.01.11 THU



写真提供/アフロ
さる1月6日に行った試合を最後に、“平成のKOキング”の異名をとったプロボクサー、坂本博之(ライト級=角海老宝石)がリングに別れを告げた。1991年のデビュー以来約15年、47戦目となる試合だった。

このラストファイトまで46戦39勝。うち29勝をKOで勝ち取った強打をひっさげ、世界タイトルにも4度挑んだが、今一歩及ばず、すべて敗れている。なかでもアンラッキーだったのは2000年3月、3度目の挑戦となったヒルベルト・セラノ(ベネズエラ)との一戦だ。1Rに2度ダウンを奪う好スタートを切り、誰もが王座奪取を信じて疑わない展開を作るが、続く2Rに喰った左アッパーで右まぶたをカット。事態は暗転し、視界をふさがれた坂本は5Rにレフェリーストップされてしまう…。

この年の10月、セラノをKOした畑山隆則の初防衛戦の相手として4度目の世界挑戦に臨むが、王座を手にするには至らず。手を伸ばせば届く位置まで到達しながら握り損ねたとでもいうべきか、勝利の女神は最後まで彼に微笑まなかった。そんな不運や不器用さと同時に多くのファンの共感を得たのは、つねに前進しようとする勇敢さと、一歩も引かない不屈の闘志にあった。

その不屈の源泉は少年時代。彼の自著によると、福岡で暮らしていた幼少時に両親が離婚、引き取った母親の仕事の都合で弟とともに親戚宅に預けられたが、決して経済的なゆとりはなかったそうで、邪険な扱いも受けたとか。食事は学校の給食だけなんて時もあり、給食のない土日は近くの川で「ザリガニやトカゲなど、食べられそうなものなら何でも捕って食べた」(著書『ちくしょう魂 児童養護施設から世界を目指して』=小学館文庫より)というから、並みの“ハングリー”ではない。

努力を重ねても目指すものが手に入らない不運に巡りあうことがある、そんな厳しい現実と、ちょっとやそっとの不遇で先々を悲観しすぎてはいけない―ふたつのことを教えられた気がする。


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