新横綱・白鵬のデビュー場所真っ最中

白鵬の師匠騒動に影響した大相撲の「一門」って何?

2007.07.12 THU



写真提供/Koichi Kamoshida/Getty Images/AFLO
「白鵬にとって師匠は誰か」。夏場所千秋楽翌日、白鵬を横綱に推薦した横綱審議委員会の席上で内館牧子委員が、北の湖理事長に尋ねた。質問が出た背景には、所属する宮城野部屋の継承が、大相撲界伝統の“一門”という概念を無視した形でなされたことにある。“一門”とは、弟子が師匠から独立、新しく部屋を興すなどして、縁続きとなった複数の相撲部屋の総称である。宮城野部屋は立浪一門であるが、現役時代は出羽海一門の北の湖部屋だった現・宮城野親方(元十両金親)が、先々代宮城野(故人)の娘と結婚して養子入り。白鵬の育ての親である、前・宮城野の熊ヶ谷親方(元前頭竹葉山)を押しのけ、師匠の座に納まったことから、物議をかもした。

現在、53ある相撲部屋は、出羽海、二所ノ関、高砂、立浪、時津風の5つの一門からなる(無所属が1部屋)。中でも伝統と権威を誇るのが出羽海一門だ。戦前は東西一方の番付を独占するほどの力士数を抱え、わずかな例外を除き、「分家独立は許さず」という不文律があった。昭和42年には、独立を申し出た九重(元横綱千代の山)に対し、当時の出羽海親方はそれを認める代わりに、破門を言い渡し、九重部屋は高砂一門へ移籍した。ただ、出羽海部屋も56年の武蔵川部屋を皮切りに独立容認へ方向転換を図り、今は12部屋からなる。

逆に二所ノ関一門は、昔から独立を奨励し、現在は15部屋を有する新興勢力だ。

昭和30年代前半までは巡業も主に一門単位で行われ、本場所でも同じ一門同士が対戦することはなかった。しかし、昭和40年初場所から、部屋別総当たり制が実施され、巡業も協会全体で行われるようになり、一門の結束は薄れていく。現在は連合稽古や冠婚葬祭など、一門が集結する機会はごくわずかだ。しかし、角界の覇権争いについては、今でも各一門がしのぎを削っているのが実情。相撲協会の理事選出にも影響している。宮城野部屋の騒動は、それが表に出た例ともいえるだろう。


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