アントニオ猪木から高田延彦まで

神様カール・ゴッチの神様たるゆえんを振り返る

2007.08.30 THU

神様死す。7月28日。「プロレスの神様」と称えられたカール・ゴッチ氏が亡くなった。現在の格闘技ブームの原点といっても過言ではないゴッチ氏。しかし、最近はメディアへの露出も少なかったこともあり、R25世代には“神様”といわれてもピンとこないかも。 

ゴッチ氏は1961年に初来日。必殺技のジャーマンスープレックスを武器に力道山をはじめ日本人のレスラーと渡り合う。戦績はシングルマッチで100戦66勝6敗27分け1無効試合。ショー的要素を潔しとしないストロングスタイルだったため「ただ強ければいいというものではない」と当時のプロレス界から疎まれる一面もあった。

ゴッチ氏と面識のあったスポーツライターの安田拡了氏によると「彼は“魅せるプロレス”なんて考えたこともなかったでしょうね。それだけに技のテクニックは本当に素晴らしかった。力道山も惚れ込んで日本プロレス(当時)のコーチに招いたほどでした」とのこと。確かに、その指導の厳しさから“ゴッチ道場”なる言葉が生まれるほど、コーチとしても有名なゴッチ氏。亡くなったときには、指導を受けた数々の有名レスラーがお悔やみコメントを出していた。

「アントニオ猪木をはじめ、日本プロレス界を背負って立つスターたちを育て上げたのが彼。正しいと思ったことは頑として貫き、武士道的な生き方を愛した人で『リングの上で強いだけではダメだ』という信念のもと、技術だけでなく精神性も叩き込んだそうです。そんなところも選手たちの尊敬を集めました。彼は指導者として形容されるときに、“神様”という言葉が非常に合っていると思いますね」(同氏)

プロレス最強を唱え格闘技路線の「新日本プロレス」を創立したアントニオ猪木。それを進化させたUWFの主要メンバー。そして総合格闘技「PRIDE」の高田延彦。彼らはみなゴッチ氏に教えを請い、その影響を受けている。まさに、日本の格闘技界に大きな影響を与えたという意味で“神様”だったのだ。


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