東京ヤクルト・古田兼任監督が引退

古田引退で思い出す黄金の1989年ドラフト

2007.10.25 THU



写真提供/AFLO
東京ヤクルトスワローズの古田敦也選手兼任監督が現役を引退し、監督も退いた。スワローズ一筋18年。入団直後から野村克也監督(現東北楽天監督)のもと「ID野球の申し子」としてチームの躍進に貢献。強肩強打の頭脳派捕手という評価は長く球界一だった。2004年の球界再編騒動では選手会長としても奮闘。12球団存続への道すじをつけたことは記憶に新しい。引退こそしたが古田の知識と経験は今後も球界の発展に寄与していくことだろう。

そんな古田の引退で思い出したことがある。それは古田が1989年のドラフト会議で指名されたことだ。この年のドラフトは「黄金ドラフト」と呼ばれた大豊作の年。たとえば佐々木主浩(元横浜、マリナーズ)、潮崎哲也(現西武コーチ)、与田剛(元中日など)、石井浩郎(元近鉄など)などなど。さらにパンチ佐藤(元オリックス)、新庄剛志(元日本ハムなど)も指名されているかと思えば元木大介(元巨人)が福岡ダイエー(当時)の1位指名を拒否するなど話題性でもピカイチである。

そんな「黄金ドラフト」組も今季終了後、古田、佐々岡真司(広島)が引退。残る現役は前田智徳(広島)、小宮山悟(千葉ロッテ)、吉岡雄二(東北楽天)、種田仁(横浜から戦力外通告を受けるも現役続行を希望)、宮地克彦(北信越BCリーグ・富山)、そして1989年ドラフト最大の目玉・野茂英雄の6人となった。

1989年が「黄金ドラフト」になった理由のひとつは、前年に日本が野球で銀メダルを獲得したソウル五輪があり、そのメンバーの多くがプロ入りを志望したこと。銀メダルバッテリーの野茂と古田はまさにその象徴だ。古田が引退を決めたころ、故障のリハビリを続けていた野茂は南米・ベネズエラでの再起を決めた。プロ野球に大きな足跡を残す「黄金ドラフト」組の戦いはまだまだ終わらない。彼らの通算生涯成績はどこまで伸びるのか。こうなったらとことん注目していきたい。


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