「北京五輪世界最終予選」が開幕

かつてはお家芸だった!日本バレーの歴史をひも解く

2008.05.15 THU



写真提供/ロイター/アフロ
5月17日より女子、31日より男子の「北京オリンピック バレーボール世界最終予選」が開幕。男女日本代表が、揃って最後のチャンスに挑む。同競技の五輪出場枠は12カ国。男女各8カ国が出場する今大会では、女子が最上位チームやアジア圏第1位チームなど4カ国、男子が2カ国に出場権が与えられるが、残り枠数や参加国の顔ぶれを見ても、男子がより厳しい戦いを強いられることは必至だ。

メダル獲得はおろか、五輪出場さえも危ぶまれる昨今の日本代表。特に男子は1992年バルセロナ大会以来出場がなく、現チームのなかで五輪経験者は最年長の38歳、荻野正二選手ただ一人になってしまった。だが、日本バレーはかつて世界の頂点を極め、お家芸といわれた時代があった。

バレーボールが初めて五輪種目に採用された1964年の東京大会で、女子は金メダルを獲得。その圧倒的な強さに欧州のメディアが東洋の魔女と名付けた。一方、3位に終わった男子はその後、天才セッター猫田勝敏選手を軸にA、B、Cクイックなどの速攻を駆使したコンビバレーを世界に先がけて確立。外国勢の高さとパワーに見事に打ち勝ち、メキシコシティー大会で銀、ミュンヘン大会で悲願の金メダルに輝いた。

しかし、次のモントリオール大会で4位に沈むと衰退の一途をたどる。その原因とは? 当時、新聞記者として各大会を現場で取材、大ヒットアニメ『ミュンヘンへの道』の原作者でもある作家の小泉志津男さんは、「無類のリーダーシップを振るった松平康隆監督の退任や、選手の世代交代がうまくいかなかったこと。外国チームも次々とコンビバレーを採り入れるなか、新たな対策を打ち出せなかったことや、日本に不利なルール改正の影響もあった」と指摘。その上で「今の選手たちには、ベテラン荻野のひたむきなプレーを見習い、出場権ではなくメダルという、さらに大きな希望を持って世界を目指してほしい」と激励する。

16年ぶりの男女アベック出場、お家芸復活を多くの国民が願っている。


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