殻を破るなら旅に出ろ! のホント

第5回 彼女にフラれて、エベレスト

2009.09.25 FRI

殻を破るなら旅に出ろ! のホント


2004年6月に、初の海外旅行で北米最高峰の「マッキンリー(6194m)」の単独・無酸素登頂に成功した栗城さん

失恋を機にマッキンリーへ!?  フラれ男の傷心サーガ



フラれました。ふたりっきりの世界遺産トリップに、夢を膨らませたのも束の間。彼女から突然「実は本当に好きな人ができたの」とあっさり&バッサリ。ホント、女なんて薄情なもんですよ…。人生なんてあぁ無情ですよ…。ぐすん。泣きたいです…。

そんな傷心のボクの元へ、親友から一通のメールが…。ん? 気を落とすなって? 失恋をバネに、大きな夢をつかんだ男もいる? おーおー。立派でございますね。どこのどなた様だい、その御仁は…。

栗城史多(くりき・のぶかず)さんは、今年9月に、日本人初となるエベレスト単独・無酸素登頂に挑む27歳の若きアルピニスト。登山を始めてわずか2年の2004年に北米大陸最高峰のマッキンリーに登頂し、その後、2007年までに南米、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニア、南極の6大陸最高峰をすべて単独・無酸素で踏破。そんな彼が登山を始めたきっかけが、失恋だったというのだ。ホントですか? 栗城さん!

「大学時代のある夏の日、年上の彼女に突然別れ話を切り出されましてね。『2年付き合ってきたけど、実はあんまり好きじゃなかった。実は他に好きな人が3人いる』って…。1週間ほど引きこもりましたね。ただ、その彼女がアクティブな人で山が好きだったんです。彼女が見ていた風景ってどんなものだったんだろう?と興味を持ったのが、山岳部に入ったきっかけです」

いきなりの4位降格かぁ。それはキツイっすね。しかし、栗城さんほどの男でも、フラれることがあるんですね…。

「もちろんです。それに、今思えば当時のボクはずいぶんアマちゃんだったんです。高校を卒業して上京するも、特に目的もなく、アルバイトを転々とする日々。すぐに挫折して東京から北海道へ逃げ帰って大学に入学したのはいいんですが、やっぱりこれといった夢も希望も持てなかったんですから」
で、彼女にフラれ、山岳部へ入部。そこで山にハマったんですね?

「いやぁ、最初は辞めたくてしょうがなかったですね。ただ、入部して最初の冬に経験した冬山縦走が、本当に厳しいもので…。1週間ほど歩いて、なんとか目的地にたどり着いた時に、それまで味わったことのない達成感があったんです。そこから山が好きになり、登山を始めて2年目に登ったマッキンリーが、人生を決定的に変えてくれたような気がしますね」

マッキンリーといえば、かの冒険家・植村直己さんも遭難した山…、登山歴わずか2年で、しかも単独で登頂なんて、無謀だったのでは…。

「マッキンリーは、クレバス(氷の裂け目)も多く、高山病の危険もあります。しかも、海外の山どころか、海外旅行にさえ行ったことがなかったですから、周囲からはずいぶん反対されましたね。山の先輩たちからは『マッキンリーに行ったら死ぬぞ!』と言われ、最終的には山岳会も山岳部も辞めて、千歳空港へ向かったんです。あの時は、本当に苦しかったんですよ。ただ、ここでチャレンジしなかったら、一生できない。アマちゃんだった自分から脱皮したいっていう思いが強かったんです」

周囲の反対を振り切って挑んだマッキンリーだが、もちろん簡単にはいかなかったらしい。
栗城さんは、写真のダウラギリ(世界第7位高峰8167m)や、マナスル(世界第8位高峰・8163m)、チョ・オユー(世界第6位高峰・8201m)などにも単独・無酸素で登頂している
「生まれて初めて経験する高山病や、14日間という初めての長期間単独登山。一歩一歩高度を上げるのが、あんなに困難だとは思いませんでした。ただ、その分頂上にたどり着いた時は、バーンと目の前が開けた気がしましたね。それまで写真でしか知らなかった“夢”の場所に、自分が立っている。夢は叶うってことを実感できたのは大きかったですね」

“夢は叶う”かぁ。言葉で言うのは簡単だけど、一歩一歩道を踏みしめて、文字通り“夢”の場所に立つって、どんな感覚なだろう。憧れます!
栗城さんお気に入りの国はヒマラヤのお膝元・ネパール。「すごく適当な感じで、大好きな国なんです」とのこと。外国語はほとんど話せない栗城さんだが、現地でのコミュニケーションはご覧の通り

栗城式コミュニケーション術&苦境を乗り切る方法!



失恋をきっかけに登山を始め、わずか2年で北米大陸最高峰のマッキンリー単独登頂に成功。今年9月には7大陸最高峰最後の頂となるエベレストに、単独・無酸素登頂で挑戦するソロアルピニストの栗城史多(くりき・のぶかず)さん。 はじめての海外遠征&海外旅行となったマッキンリーでは、周囲から無謀だと猛反対を受けたというけれど、それでも栗城さんが海外の山、とりわけマッキンリーを目指した理由って?

「写真で見た時のインパクトが、日本の山とは全然違ったんですよね。標高もケタ違いですし、憧れずにはいられませんでした。数ある海外の山のなかで、マッキンリーを選んだ理由は、大陸最高峰のなかでも入山料が安かったから(笑)。たとえばエベレスト登山なら入山料だけで300万円ほど必要ですが、マッキンリーの入山料は当時1万8000円程度だったんです」

結構、現実的な理由なんですね…。ところで、登山の大変さは想像を絶しますが、それ以前に現地でのコミュニケーションは? 海外旅行の経験すらないボクからすれば、登山口にたどり着くだけでも、かなり困難な気がしますが…。

「実はボク、英語ってほとんどしゃべれないんです(笑)。基本的にはこれまで、アーハー(Uh-huh)、ウーフー(Uhu)だけで乗り切ってきましたね」

それって、ただの聞き上手じゃないですか…。

「大丈夫。それでも6大陸の最高峰には登れましたし、コミュニケーションなんてどうとでもなりますよ。あっ! そういえば、一度だけ、どうにもならなかったことが…。南極に国際公募隊で行った時のこと。ボクは背も小さいし、周囲の隊員たちから子供のように思われていたんですかね。『南極大陸最高峰に単独で登りたい!』と身振り手振りで伝えるんですけど、誰も相手にしてくれない。仕方ないのでつたない英語で『オーケー、オーケー、マイドリーム。マイドリーム』なんて食い下がっていたら、テントに1週間監禁されちゃいました(笑)。『コイツは危ない』と。あの時は、泣く泣く時間切れで、山に登らず帰ってきました」

南極のテントに監禁って…。
聞けば、栗城さんはこれまで、南米・アコンカグア山頂へと向かう標高6000mの氷壁で衰弱のあまり幻覚を見たり、ヒマラヤ・ダウラギリ峰の下山時に100mほど滑落して“死”を覚悟したり…。監禁生活なんて快適に思えるほどのハードな局面を乗り越えてきたとか…。栗城さん、苦境を乗り切る心構えなどを教えてください! 実はボク、現在進行中で失恋という苦境に立たされておりまして…。

「まずは、そこにある苦しさだったり、困難な状況だったり、自分のコンプレックスだったり…。すべてを一度認めて、受け入れるってことが重要だと思いますね。山を登っていて感じるのは、苦しさに対して『なにくそ!』って思うのではなく、『ありがとう』って感謝した方が、不思議と力が出るんですよ。」

ちょっと、今、やってみます。ハニー、ボクをフッてくれてありがとう。海外旅行一緒に行こうねって言ってたのに、他に好きな人を作ってくれて、感謝しています…。ハニー、素敵な思い出を、ありが、と、う…。うぅ…。ぢょっど、らぐになりまじだ…。

と、ところで、栗城さんにとって世界の山々の魅力ってなんですか?
世界第8位の高峰マナスルから、スキーで滑降する栗城さん。山頂からのスキー滑降は世界初の快挙だったという
「山を通して世界を感じたいというのはありますね。たとえば、各大陸の最高峰に登ってみて気付くのは、それぞれに山の質感や空気が全く違うということ。たとえば、アフリカのキリマンジャロ山頂は、少し土の香りがしたし、南極の空気は鼻の奥にツーンとくる。そういう空気や質感を肌で感じてみたいんです」

うーん、失恋で悩んでいるのがバカらしくなるほどのスケール感…。なんだか話を聞いているうちに、ボクも世界の質感を肌で感じたくなってきました~。というか、世界7大陸の美女を肌で感じちゃう?
ボク、海外へ行きますっ! ひとりでも!! 身長162cm、60kg、筋力も肺活量も成人男子の平均以下。
関節は硬く、高い所も高度順応も苦手。
敬愛する漫画家は漫☆画太郎で、食べ物ならプリンが好き。
7大陸最高峰、単独・無酸素登頂という壮大な夢に挑戦する
ソロアルピニスト・栗城史多さんは、実際にお会いしてみると、
すごく謙虚で、穏やかで、ユーモアあふれるナイスガイでした。

ただ、栗城さんの言葉には、命がけの挑戦を経験した人が持つ
説得力、というか、迫力がありました。
「夢は叶う」「世界はつながっている」「あきらめないことが大事」
シンプルだけど、ホントにそうなんだろうなぁって…。
カッコいいっス!

とりあえず、ボクも世界の舞台へ向けて準備しなくちゃ!
まずは、エクスペディアで栗城さんのお気に入りの国・
ネパールのホテルを検索してみたら…

なんと、カトマンズにカジノつきホテルを発見!
ボクが賭けるのは、こ、これか!?

という冗談はさておき、 本連載では、今後も様々なジャンルの旅の達人にご登場いただき、
奥深~い旅の魅力を探っていきます!
みなさんも投稿、よろしくお願いいたしま~す。

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