東日本大震災、被災地のR25世代/第6回

「夢は膨らむが、焦ってはいけない」浦戸諸島・小泉善雅

2011.09.20 TUE


桂島で漁業再興に向けて精力的に活動する小泉さん。後ろの港は津波が襲ってきた太平洋側とは反対の松島湾側に面していたため被害が少なく、船も辛うじて残った
5年前に脱サラし、漁師に弟子入りした小泉善雅(36)さん。松島、東松島、七ヶ浜などを転々としながら、漁業権取得の機会を探していた。漁業権はいわば、相撲の世界でいう年寄株(親方株)のようなものだ。

その熱意に加え、運も彼に味方した。小泉さんは後継者不足問題を話し合っていた浦戸諸島のひとつ、桂島で異例中の異例として島外初の組合員となる。だが、3月10日に島へ住民票を移した翌日、東日本大震災が発生。松島の磯崎漁港で被災した小泉さんが桂島へ戻ることができたのは、4月2日のことだった。

「運がよいのか悪いのか、すごいタイミングですよね…。でも、住民票を移していたおかげで島の避難所や仮設住宅に入れて、そこで島民の方と知り会ったり交流を深めたりできました。震災後だったので、受け入れてくださる気運もあったのかなと思います」

島の被害は大きなものだった。住宅の半数以上が損壊し、海苔の加工場や養殖のイカダは全滅。船は残ったものの種牡蠣や道具が流され、漁業再開のメドが立つ状況ではなかった。

「それでも、ここで漁業を始めようという気持ちに変わりはありませんでした」と小泉さん。島の漁業再興に向けて、海産物の「一口オーナー制度」を立ち上げようと決意。これは、一口1万円でオーナーを募り、近い将来そのお返しに浦戸の海の幸を送るプロジェクトだ。島で漁業を行う条件として、浦戸の海産物を販売するオンラインショップを担当することになっており、被災前からすでにWebサイトは用意してあった。

「一口オーナー制度は震災後に計画されたのではなく、実はオンラインショップ立ち上げのときから計画の中にはあったんです。震災後、ネットで復興資金を募る動きが各地で出てきているという話を聞いて、島に戻ってきてすぐ提案しました」

組合員全員の理解が得られたわけではなかったが、震災から1カ月後の4月11日、「うらと海の子 一口オーナー制度」はスタートした。

その直後、さらに転機が訪れる。たまたま定期船で隣り合わせたNHKの記者にプロジェクトの話をしたところ、朝の情報番組『おはよう日本』で取り上げられることになったのだ。4月14日の放送後、全国から問い合わせが殺到。あれよあれよという間に1万8000口、 つまり1億8000万円もの出資が集まった。「牡蠣作りに来たのに、牡蠣も作らないで何をやっているんだ」と、いぶかしげに見ていた地元の生産者たちを納得させるには十分すぎる成果だった。

「本来ならば、オンラインショップを開設して少しずつお客さんを広げていくつもりだったのに、今回の震災がきっかけでこれだけ多くの方に一口オーナー制度を知っていただけることになりました。生産者たちは、ここでオーナーに良いものを届けることができれば必ず次につながると思っているので、みんな前向きに取り組んでいます」

こうした、全国からの支援と生産者の踏ん張りによって、今年の生産量は例年の3~4割程度まで見込める状況になってきた。津波による被害を考えると上出来だ。来年には、支援者のもとに浦戸の海産物を届けられる。生産者の高齢化や後継者不足、市場価格の低迷など、震災前から抱える漁業の問題を解決していくためにも、この資金をうまく活用していきたいと小泉さんは考えている。

「効率のいい生産体制を整えて、漁業を事業として成り立たせていきたい。年金や保障の面など、若い人たちが漁業に携わっていける環境も作っていきたい。それから、観光や文化も交えて漁業のイメージを上げていきたい…」

夢は膨らむが、「焦りすぎてもいけない」と小泉さんは自制する。物事がこんなに一気に動き出したのは、5年におよぶ地道な下積みがあってこそと感じているからだ。

「日々の仕事を真面目にきっちりやって、初めて認められるのが漁業の世界。きちんと牡蠣の生産をしたうえでないと、地元の人には認めていただけませんし、船ひとつうまく動かせないようでは話にならない。まずはそこからです」

(菊地正宏/仙台経済新聞)

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