東日本大震災、被災地のR25世代/第8回

「やるべきは、いい酒を造ることだけ」栗原・佐藤曜平

2011.10.04 TUE


明治以前に建てられた土蔵も地震で被害を受け、取り壊すことになった。酒の熟成を知らせる軒先の杉玉を見上げる佐藤さん。もうすぐ新たな酒の仕込みが始まる
江戸末期の天保年間から170年以上続く「萩野酒造」。次期蔵元の佐藤曜平さん(31)は、少量高品質の酒を目指し、誠実に酒造りに取り組んできた。今年も仕込みが終わり、「全国新酒鑑評会」の出品準備に取り掛かろうという矢先に発生した大震災。その後もたびたび強震が蔵を襲った。

「3月11日の地震では、それほど大きな被害はなかったんです。ひどかったのは4月7日の最大余震。酒瓶が1000本ほど割れ、建物も大きな被害を受けました。倉庫が一つ壊れ、蔵のなかも崩れたのであちこち補修し、弱った箇所を補強しているところです」

直接的な被害だけでない。「日本中が酒を飲むような雰囲気ではなくなってしまったのではないか」という不安が佐藤さんの脳裏をよぎった。

「終末的なものを想像してしまいましたね。以前のようにお酒を飲んでもらえるようになるまで、何年かかるんだろうって。酒造りを続けるのに必要な燃料も不足しているし、一時はもう酒造りをやめた方がいいんじゃないかとまで考えました」

蔵には十分に発酵し、あとは搾って(濾して)酒にするだけの状態のもろみが何本も残っていた。佐藤さんは迷いながらも、「搾るべきものがあるんだったら全部搾ってしまおう」と決意。ライフラインが止まっているなか、林業を営む友人から工業用の発電機を借り、なんとか最後までもろみを搾った。

「発酵が進みすぎて少し辛口になりましたが、今年のお米はたまたま発酵を引っ張っても大丈夫な性質のお米だったんです。それで救われた感じですね」

5月に行われた全国新酒鑑評会では、萩野酒造の「萩の鶴」が金賞を受賞。しかも、今年は宮城県が金賞受賞率85%と、全国平均の28%に比べて桁違いの好成績を残し、県内の蔵元を大いに勇気づけた。さらに、岩手の蔵元が「花見で東北の地酒を飲んでほしい」と全国に呼びかけたことをきっかけに、自粛ムードが応援消費ムードへと変わっていった。

「宅配便が動き始めて注文販売を再開した途端、次から次へとオーダーが入ってきました。休む暇もなかったほどで、本当にありがたいことでした。ただ、すでに酒造りは終わっているので、欠品が発生してお得意さまにご迷惑をかけてしまっているのは申し訳なくもあります」

現在、宮城県の酒造業界は前年を上回る出荷量を維持。さらに、毎年右肩下がりが続いてきた日本酒業界全体の数字を見ても、例年の出荷量を超える月も出ている。

「率先して日本のものを買おうという動きが広がり、東北だけでなく日本酒業界全体にもいい影響があったんじゃないかと思います。そうしたことも励みになってか、被災した蔵も早くから復興に立ち上がり、被災した東北地方で廃業を選んだ蔵はいまのところありません」

しかし、そんな再興ムードに水を差したのが放射能の問題だ。今年の新米に対する安全面での不安から古米の買いだめが発生。その影響を受けて、一部の米が例年の2割ほどしか手に入らない状況だという。高価な酒米は手に入るが、それで造った高価な純米吟醸酒だけを飲んでください、というわけにはいかない

これから仕込む酒の売れ行きも気がかりだ。宮城県の検査では県内400カ所以上での詳細な調査の結果、ほとんどの地点で放射性物質は検出されなかった。ごく一部で検出された地点もあったが、すべて暫定基準値をはるかに下回る数値で、米の出荷自粛は解除された。しかし、「ごく微量とはいえまったく出なかったわけではないので、やはり緊張感はあります」と佐藤さん。

手間隙かけて造った酒を1本1本調べ、慎重に慎重を重ねても、敬遠する層は一定数いるだろう。それでも震災を機に、潜在的な日本酒ファンの多さを知ることができたことが希望につながった。

「いくら復興支援、応援消費といっても、もともと嫌いなものは注文しませんよね。でも、実はまだまだ日本酒を飲んでくれる人が多いんだってことがわかった。これで銘柄を覚えてくれたお客さんもたくさんいるでしょうし、悪いことばかりではないと思うんです。そういう人たちに継続して飲んでもらうために、安全性はもちろん、味をさらに磨いていく必要がある。震災があろうとなかろうと、僕たちがやるべきはいい酒を造ることだけですから」

(菊地正宏/仙台経済新聞)

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