「カレーの匂いに耐えられない」中国人にシンガポール世論が反発!

カレーに“食われた”大統領選挙の火種

2011.10.17 MON


シンガポールは中華系、マレー系など様々な民族が暮らす多民族・多文化国家。国民の構成は「中華系75%」「マレー系14%」「インド系9%」「その他2%」となっている。公用語も英語、中国語、マレー語、タミル語の4つある teresa / PIXTA(pixta.jp)
今年8月、シンガポールで興味深い“事件”が起こりました。
ことの発端は、8月8日付のシンガポール英字紙『TODAY』が紹介した「隣人トラブル」という記事にあります。同記事では、中国からシンガポールに移住してきた中国人家族と、同じアパートの隣人であるインド人家族の間で起きた、食習慣をめぐるトラブルが紹介されていました。トラブルのあらましはこんな感じです。

引っ越してきた当初は友好的だった両家族ですが、インド人家族が作るカレーの匂いにだんだんと耐えられなくなった中国人家族が、政府組織である住民調停センターに仲裁の申し立てを行ったというのです。
調停センターは両者から話を聞き、インド人家族からは「カレーを作るのは中国人家族が不在のときのみ」という同意をもらう一方、中国人家族には少しずつ匂いに慣れる努力をしたうえで「自分たちもカレーを作ってみるように」と進言しました。

『TODAY』に紹介されていたのはここまで。「騒動」に発展したのはここからです。

互いの主張を尊重した裁きで一件落着かと思いきや、この記事を読んだ読者たちは猛反発。シンガポールに移住してきた中国人家族が、従来から根づいている同国の食文化を否定したとして、調停センターの判断に異を唱える動きがネットを中心に広がったのです。

もちろん反感の声ばかりではなく、Facebookには「みんなでカレーを作ろう」と呼びかけるイベントページが登場。「口論やけんかをやめ、寛容さをもってシンガポールの多文化生活様式を楽しもう」(ページ主宰者)と、6万人を超える賛同者を集めました。が、ある種の“民族感情”が刺激されたのは間違いありません。

この「カレー騒動」の裏側には、シンガポール国内で高まる移民政策への不満が隠されています。

シンガポールの人口は約510万人。そのうちの35%は外国人であり、年々その割合は増加しています。外国人労働者に就労機会を奪われ、シンガポール人の生活が苦しくなる一方、住宅価格や生活費が上がり続ける現状に不満をもつ人が少なくありません。8月末におこなわれたシンガポールの大統領選挙の争点は、まさにこの「移民政策」にありました。

4人の立候補者のうちの2人が「シンガポール人を第一に考える」政策を打ち出し、国内の専門家も「移民政策への不満が高まっている政治的空気の中では、この“シンガポール人第一”というテーマが選挙戦の鍵になる」(シンガポール経営大学助教授 ユージーン・タン氏)と語っていました。

結果、当選したのは、与党の支持を受け「シンガポール人を第一に考えて」いるトニー・タン元副首相。次点のタン・チェンボック氏(反与党)との得票差が全体の2%に満たなかったため、翌日未明まで再開票がおこなわれるほどの大接戦となりました。

最終的にはなんとか与党側の候補者が勝利をおさめた今回の大統領選ですが、「人種間の差異を超えた結束」を唱えたタン・チェンボック氏との得票差はわずか7269票。現政権に対する批判票の大きさを裏付けるものとなり、事実上の一党支配が50年近く続くシンガポールに新風をもたらすきっかけになりそうです。

…とはいうものの、今回の大統領選は国民の注目を集めたとは言い難いところです。4人の大統領候補たちがFacebookに公開したページの支持者は、前述のカレーキャンペーンページの3分の1にすぎませんでした。1つのSNSのユーザー数だけで断言はできませんが、ここまで他の話題に“食われた”大統領選挙もなかなかないのではないでしょうか。
 食文化の共有を通じて、人々の興味の矛先がすみやかに国策へと移ることを祈ります。
(筒井健二)

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