乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×開沼博(1)

2013.03.08 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


震災前から地方産業について研究を進める若き社会学者の知見には、唸らされるところが多い。復興問題を通して、地方が抱える諸問題も見えてくるのだ

乙武洋匡「復興に向けて、次に必要なのは“心”のケア」



東日本大震災以前から、故郷「フクシマ」を題材に、地方産業の在り方を研究テーマとしてきた開沼 博氏。やはり地方経済と復興問題に強い関心を持ち、震災後にたびたび被災地を訪れている乙武洋匡氏。3.11以降、2人の意識はどのように変わったのか――。

乙武: 3.11以降、実際に現地に足を運んでみるまでは、ニュースで被災地の状態を目にしても、その光景があまりに現実離れし過ぎていて戸惑っていたんです。

開沼: 僕は震災の直後、3月末にすぐ福島を訪れたんですが、まだ町は暗いし人も少ないながらも、居酒屋には冗談をいいあって笑うお客さんの姿があって…。ニュースで福島の惨状がどう報じられようとも、「ああ、地元の人たちはすでに日常生活を取り戻し始めているんだな」と心強く思ったものです。

乙武: やはり、報道だけでは伝わらない現実ってありますよね。僕も福島のある避難所で、原発近隣区域から避難してきた方々にお会いしたのですが、家屋にはヒビひとつ入っていないのにいつ帰れるのかわからない苦しみ、もどかしさというのは、実際に現地を訪れるまで想像できませんでした。開沼さんは震災以前から福島の原発を研究テーマにされていましたが、それはなぜですか?

開沼: 僕は人が“見て見ぬふりをしているところ”に興味があるんです。もともと原発や福島自体に興味があったわけではなくて、今の社会が“見て見ぬふりをしている”性質を、一番わかりやすく抱えているのが原発問題だったというだけで。

乙武: なるほど。原発に関心を持って掘り下げていったら諸問題に行き当たったというのではなく、この国が発展していく過程で、地方が犠牲になっているのではないかという問題意識が先にあったわけですね。

開沼: そうです。もちろん、復興学や災害対策みたいな分野も含めて、震災後は福島という地域の問題そのものにいっそう目を向けるようになりましたけど。

乙武: あれから2年。現在の福島を見て、どう感じていますか?
開沼氏の最新刊『漂白される社会』(ダイヤモンド社)では、「偽装結婚」や「売春島」などをモチーフに、僕らの日常社会が“見て見ぬふりをしている重い現実”が描き出されている
開沼: 復興という言葉が上滑りしている印象は拭えないですよね。よくいわれることですが、がれき撤去や除染といったハード面の課題から、人々の内面のケアやコミュニティ再生など、ソフト面の課題にもっと目を向けていくべきでしょう。たとえば地元の高齢者の方々はこれまで、近所の家にお茶を飲みに行ったり来たりすることで自然と日々の安否確認ができたり、畑仕事に出ることで健康管理ができたりしている部分がありました。でも今は仮設住宅や借り上げ住宅に引きこもってしまって、そういった自然発生的なセーフティネットからシャットアウトされてしまっています。こういった人々をどう外へ連れ出し、コミュニティのなかで守っていくかが問題です。

乙武: たしかに、がれきが撤去され、町は表面的には片付きつつあるものの、僕も一番心配しているのは被災者の方々の“心の変化”なんです。現実を受け止め、復興に向けて頑張っている人は着実に増えていますが、その裏側には、今でも立ち直れずにいる人が多く存在しています。少数派になりつつある彼らは、頑張っている人たちを見ていっそう焦りを募らせ、疎外感を覚えているかもしれない。こういう人たちのケアも、これから重要になっていくんじゃないかと思うんです。

開沼: そうですね。もともと多様な価値観があって当たり前なのに、こういった危機の時には、「復興」というひとつの観点だけで縛り上げようとされてしまう。そしてそこには、異論をはさみにくい雰囲気がある。これが一番問題。

乙武: 誰もが一律に「元気だせよ」「頑張ろうぜ」で救われるわけではないですからね。

開沼: こういう問題はどうしても、外側から見えにくい部分があります。120人いる避難所に100本のバナナが支給されたけど、「(平等に分けられないから)1本も配れません」というような話は被災地のいたるところでありましたし、今もより見えにくい形でそういう不合理は残っています。本当に必要とされる支援とは何かを、より多くの人にもう一度考えてもらいたいですね。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
開沼 博さん
1984年福島県いわき市生まれ、社会学者。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。著書に『フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)など

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