乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×荻上チキ(4)

2013.04.26 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


問題を正確に把握し、その解決法を多視点で探る荻上氏のアプローチ法は、多くのR25世代にとってのヒントになるはず。心でっかちと頭でっかちを両立できるのが理想的!

荻上チキ「“心でっかち”になってはいけない」



乙武: 荻上さんは常々、社会問題の議論のされ方について言及されていますよね。現在の日本は、あまりに“心でっかち”な考え方が多すぎる、という表現で。

荻上: ええ。“心でっかち”は山岸俊男さんの言葉ですが、とても腑に落ちまして。何か問題が起きた際、道徳や心構えなど個人の精神的な部分ばかりに議論がいきがちで、実際に解決に向けた実利的な方法を考えることが軽視されているように感じるんです。他人の“頭でっかち”を批判する人が、実は“心でっかち”であることも多いですしね。

乙武: それは僕も同感ですね。たとえば昨今の体罰問題にしても、「愛があれば、多少の体罰があってもいい」「教師と生徒の間に信頼関係があれば体罰も効果がある」みたいな意見ばかり聞こえてきて、そもそも体罰が法律で禁じられている行為であるという事実がスルーされていたりするんですよね。

荻上: そうですね。僕自身にももちろん、心でっかちな側面はありますけど、それは自分に向けるためで、他人には向けないですね。心でっかちな議論が先行しても、政治や教育における具体的な解決策につながることは少ないですし。乙武さんもおっしゃるように、体罰は学校教育法ではっきりと禁じられているのに、動機や体罰が起きた状況を見て「これは体罰ではなく、もはや暴力!」なんて批判がされるのは、そもそも前提が大きく間違っているわけですよ。暗黙のうちに、体罰を擁護する言い回しなので。

乙武: 前提が間違っていれば、いくらその先に議論を重ねても、それは意味のないものになってしまいますよね。たとえば、僕のことを障害者としての“成功例”として挙げ、「乙武さんは頑張ったから、努力をしたから」と精神面ばかりを強調する方を多く目にするのですが、母親が専業主婦で僕の学校に付き添うなどの余裕があったこととか、いじめに遭うことなく学校生活を送れたこととか、そうした事実は忘れられがちになる。

荻上: どちらか片方だけに偏っていてもダメなんですよね。環境的側面を抜きにして、「みんな乙武さんみたいになれ」といわれても、乙武さんも困ってしまう。みんなが優しくなればいいかというと、そうじゃないわけです。電動車いすを買いやすくするために公費を出しましょうとか、制度や環境をめぐる議論もあるわけですし。もちろん環境だけでないですよ。たとえばバリアフリー化されていない飲食店が、障害者の利用を拒んでいるかというと、そう単純な話ではありません。経済的な事情など、すぐに工事できない理由が複数あるはずで。

乙武: まずは状況を正確に把握して、そのうえで多角的な視点を持つ。そうして初めて適切な解決策が見えてくるということですね。荻上さんの著書を読んでいると、目的達成に向け、常に複数の道をイメージできているのがわかります。僕なんかは、どうしても思考が単線になりがちなので、荻上さんのように複数の角度からアプローチする思考のクセをつけていかないとなあ。

荻上: ありがとうございます。もっとも、こういう思考法には一長一短あるんですよ。仕事柄いろんな分野の専門家に会って情報を得ているので、議論のバリエーションはストックできるものの、日常のなかでは時に、複雑なものを単純化して考える作業も必要ですから。自分の考えが正解とは思わず、役割分担を意識する謙虚さは常に持っていたいと思っています。

乙武: たしかに、思考を単純化したほうが、シンプルに解決策が浮かんでくることもあるのかな。でも、荻上さんのつねに複眼的である思考法は、多くの人にとって参考になると思うんです。ぜひ今後も積極的に発信を続けて、僕らに多くの気づきを与えてください。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
荻上チキさん
1981年、兵庫県生まれ。評論家・編集者。「シノドス」編集長。主な著書に『ウェブ炎上――ネット群集の暴走と可能性』『検証 東日本大震災の流言・デマ』『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか――絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想』『彼女たちの売春(ワリキリ)――社会からの斥力、出会い系の引力』ほか

取材協力・関連リンク

関連キーワード

注目記事ピックアップ

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト