乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×東浩紀(3)

2013.07.19 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


「チェルノブイリ近隣で取材した人たちは、基本的には観光客を歓迎していました。人が来なくなって、『この事故が人々の記憶から風化してしまうことが怖い』と」(東) 撮影/後藤 渉

東浩紀「ブラックボックス化を避けるための“観光地化”」



乙武: ところで、東さんは以前から「福島第一原発観光地化計画」というのを提案されていますよね。賛否が分かれる切り口だと思うのですが、これは具体的にはどのような計画でしょうか。

東: ひとつには広島の原爆ドームが例になると思うんですが、人間というのはやはり、物を残していないと忘れてしまう生き物です。そこで、水蒸気爆発で壊れてしまった建屋などを、何らかのモニュメントとして残したり、あるいは廃炉作業そのものを見学可能にしようという構想です。

乙武: 発想としてはわかるんです。たとえば、気仙沼で陸地に乗りあげてしまった漁船をそのまま残しておくのか、解体するのかといった議論があった時、僕なんかは安全を確保する修復作業をしたうえで、寿司屋に改装できないかなどと考えてしまうんです。

東: おお! いいじゃないですか、それ(笑)。

乙武: 地元でとれた新鮮な魚介類を生かした“漁船寿司屋”。もちろん、不謹慎だという声もあがると思うんですが、これなら維持費も賄えるし、集客もできる。だけど、さすがに原発を観光地化するという発想はなかった。そもそも廃炉作業って、現実的に見学できるものなのでしょうか?

東: 僕らは『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の取材で実際にチェルノブイリへ行ってみて、廃炉が終わっていなくても見学できるものであることを知りました。問題なのはむしろ、ブラックボックス化してしまうこと。実態が見えないと、根も葉もない噂ばかりが流布しますからね。

乙武: たしかに、僕らは「わからない」「知ることができない」ものに対して、得もいわれぬ不安や恐怖を感じます。それにしても、東さんがチェルノブイリを直接見に行こうと考えたきっかけは何だったのでしょう?

東: 福島の事故が起きた際、「そういえばチェルノブイリは今どうなっているのだろう?」と気になっていろいろ検索したんです。その時はちょうどサッカーの「EURO2012」がポーランドとウクライナで共催されたタイミングで、サッカーファンたちが通称「石棺」と呼ばれる四号炉の前で、楽しそうに記念撮影している写真がたくさん見つかったんです。思っていたのとずいぶん様子が違うなと、衝撃を受けたのが発端ですね。

乙武: それはたしかに驚き! 日本ではあまり知られていない現実が向こうにはあるわけですね。

東: びっくりするでしょ? もっと調べてみたら、ツアーで簡単に現地へ行けるし、個人ブログをチェックしてみても、実際にチェルノブイリを訪れている人が日本人も含めて相当数いるんです。もちろん、廃炉にはまだ手をつけられていないし、後遺症に苦しんでいる人が存在することは確かです。でも他方では、立ち入り禁止区域ですら東京都さほど変わらない放射線量になっていて、観光客が入っている。現実は複雑で、悲劇一色ではありません。事故発生から27年というのはそういう時間なのだな、と実感させられました。

乙武: そう聞くとイメージが変わりますね。日頃僕らが接している情報が、いかに偏ったものか思い知らされます。

東: どうしても報道というのは物事を単純化して、それを物語のなかに押し込める傾向があります。でも、実際に現場へ行ってみると、そこで人々が生活しているし、笑顔だって見せている。ニュースやネットで得られる情報とは、まるで異なる実態に触れられたりするんですよ。

乙武: たしかに報道する側にとっては、ある物語のなかに押し込めて伝えてしまった方が楽なんですよね。でも、そうした過程で削ぎ落とされてしまう情報だって、現実の一部であることは間違いありません。チェルノブイリほど大きな問題じゃなくても、きっとそれぞれの身の回りにこうした「現実」と「伝えられている情報」との乖離がある。だから、ネットだけでなくリアルも大切にしていかなければならないんですよね。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
東 浩紀さん
1971年、東京都生まれ。作家、思想家として活躍する一方、ゲンロンの代表取締役兼編集長として『思想地図β』などの書籍を出版。新刊『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』が発売中

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