乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×古市憲寿(3)

2013.08.16 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


「平和は多大な努力のもと、積極的に獲得しなければならないものなのだと思います」(乙武) 撮影=後藤 渉

乙武洋匡「“平和はタダでは手に入らない”には一理ある」



乙武: これまで僕は、戦争の悲惨さを学ぶことがこれからの平和に直結するのだと思っていました。ところが、古市さんの『誰も戦争を教えてくれなかった』を読んで、考えが少し変わったんです。まず、「平和」とはどういうことなのか。「平和」を維持するためには何が必要なのか。そうした根本的な問いから学んでいくべきなんじゃないか、と。

古市: すごく難しい問題ですよね。平和というのは“状態”であって、積極的に定義することが難しいわけですから。そのなかで、どういう社会を作っていこうか、という議論はしやすいんでしょうけど、「平和」を教えるというのはとても難しい。

乙武: そうなんですよ。教育に携わる者として、やっぱりその点に頭がいってしまう。

古市: たとえば、戦争が起こっていない状態を平和と定義するのが適切かというと、やはりそうではないと思います。直接的な戦争が起こっていなくても、人権侵害や差別といった問題は山積していますからね。

乙武: 古市さんの本を読んで感じたのは、「非軍事」と「平和」は明確に分けて考える必要があるということ。憲法9条の改正や日米安保条約については、様々な意見があって当然だと思います。ただ、そうした議論とは別に、もしアメリカ軍が守ってくれない状況に陥った時、現実問題として僕らはどうやって自国を守るのかという問題は残るわけですから。韓国・ソウルにある戦争記念館に書かれていたという「平和はタダではない」という言葉、言い方はキツいけど、一理あると思うんです。

古市: 非軍事というのは、現実的な選択肢ではないという意味ですか。

乙武: 何も、日本はいますぐ自衛隊を国防軍にしろとか、お金をかけて軍事を増強しろという話ではないんです。ただ、僕たちはもう少し、平和とは何もせずに享受できるものではなく、多大な努力を重ね、知恵を絞ってようやく確保できるものなんだということを自覚しておく必要がある、ということですよね。

古市: そもそも人類は、国家ができる前から戦争を繰り返してきたわけですから、何らかの統治機構や抑止力がなければ、人々はまた戦い始めるでしょう。結局、必要悪として国家や武力は必要だと思うんです。

乙武: 日本でも、少なくとも弥生時代には戦争があったことが確認されていますしね。

古市: そうですよね。だから僕は、軍隊を闇雲に否定することはできません。

乙武: 誤解のないように確認しておくと、僕らは決して「軍隊が必要だ」と主張したいわけではない。ただ、平和というのは空から降ってくるようなものではなく、多大な努力と知恵によって獲得していかなければならないものだということ。だとしたら、僕らはどのようにして、「平和」を保っていくべきなのか。その手法について、しっかり議論していく必要があると思います。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
古市憲寿さん
1985年、東京都生まれ。社会学者。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍、慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。近著に『誰も戦争を教えてくれなかった』(講談社)がある

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