乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×古市憲寿(4)

2013.08.23 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


「誰だって、隣の席で勉強していた仲間を相手に戦争をしたいとは思わないはず。民間レベルの国際交流の活発化は、間違いなく平和につながっていくと思います」(乙武) 撮影=後藤 渉

古市憲寿「個人対個人の間でしか、感情は育たない」



乙武: 平和のために何ができるのか。地味に聞こえるかもしれないけれど、僕は民間レベルでの交流をはかることがすごく大切だと感じているんです。たとえば、先日仕事で上海を訪ねたんですが、バリアフリーとは程遠い環境で、車椅子の僕には困難な場面が多くあったんです。ところが、そのたびに現地の中国人が助けてくれた。一部メディアでは中国人の傍若無人な振る舞いが喧伝されていて、僕自身もそのイメージを鵜呑みにしてしまっていた部分があったけれど、これがいい意味で裏切られましたね。

古市: なるほど、それは車椅子を使っている方ならではの、興味深い視点ですね。

乙武: 正直、僕も都内の家電量販店などで買い物をする中国人旅行者のマナーを見たりしていて、彼らにあまりいい印象を持っていなかったんです。でも、上海での個人的な経験から、これがいかに一面的な捉え方なのかを思い知り、反省しました。もちろん、今回の経験をもって「中国人=みんな親切な人」と考えるのも、また浅はかなことだとは思いますが。

古市: 誰しも、その国で初めに誰に会うかで、国全体のイメージが固まってしまうことはあると思います。国籍なんて、その人の属性のたったひとつに過ぎないのに、おかしな話ですけど。

乙武: 結局、「中国人」「日本人」とくくったところで、そのなかに親切な人や粗雑な人など様々いるのは当たり前だし、もっといえば、同じ人でも出会うタイミングや虫の居所によってその人の印象はまったく変わりますからね。でも、海外の人々については、直接触れ合う機会が少ない分、どうしてもメディアのイメージに左右されやすい。

古市: 端的にいえば、国家間の関係だって同じだと思うんですよ。国と国とのコミュニケーションは、結局のところ、人が行っています。国というのは規模こそ大きいものの、基本的には会社やサークルと同じような組織に過ぎないわけですから。

乙武: 以前に取材したロンドンの小学校は、じつに多国籍でした。音楽の時間には、パキスタン出身の少年が木琴を鳴らし、コロンビア出身の男の子がパーカッションを打ち鳴らす。その光景を見た時に思ったんです。将来、もしもこの両国の間で戦争が起こったとして、はたして彼らは相手の国に銃を向けられるんだろうか、って。だからこそ、民間レベルでの国際交流が平和につながると思ったんです。

古市: 賛成です。一人ひとりが交流し、いろんな国に“大切な人”を増やしていく。いまや世界中の若者は、とくにミドルクラス以上なら似たようなライフスタイルを送っています。国が違うだけで、対話が成り立たないほど価値観が違うということはなくなっている。ネットがあって、同じような映画やドラマを観て、同じような文化を享受しているわけですから。もちろん経済的な格差など違う部分もあるんでしょうけど、共通して語れることだってたくさんあると思うんです。

乙武: ネットなどの普及で、世界はいい意味で狭くなってきている。そんな世界で平和を保っていくには、それぞれが多様性を大切にすること、自分の価値観と相容れないものに対して寛容であることが重要になってくるのではないでしょうか。

古市: 個人と個人のコミュニケーションでしか育まれない感情というのはありますよね。それは不特定多数に向けた、戦争や平和に関する“べき論”よりも、よほど大事なことだと思います。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
古市憲寿さん
1985年、東京都生まれ。社会学者。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍、慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。近著に『誰も戦争を教えてくれなかった』(講談社)がある

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