乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×古市憲寿(5)

2013.08.30 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


「博物館などのハコ物では、どうしても伝えられることに限界がある。配慮しなければならない点は多いが、やはり一次情報としての物を残すほうが伝わるものが大きい」(乙武) 撮影=後藤 渉

古市憲寿「ハコ物よりも“現物”が持つインパクトを大切に」



乙武: ところで、古市さんがこれまでに巡った戦争博物館のなかで、一番印象深かったのはどこですか?

古市: ドイツの「ザクセンハウゼン強制収容所」ですね。というのもここには、収容者を解剖した手術台や処刑台、焼却炉など、当時の物がそのままに近いかたちで残されているんです。とくに詳しい解説文が添えられているわけではないんですが、当時の現物が残っているインパクトは絶大で、否が応でも何かを感じさせられました。

乙武: なるほど、現物の前では言葉は不要である、と。

古市: そうですね。それに比べて日本では、広島の原爆ドームなどいくつかの例外を除いて、積極的には戦争の傷跡を残そうとしてきませんでした。長崎にも原爆を受けた施設はありましたが、結局は壊されてしまいました。広島の原爆ドームも、何度か撤去の動きがありました。

乙武: たしかに。沖縄のひめゆりの塔にしても、女子学生たちが実際にこもっていた塹壕がすぐそばにあるにもかかわらず、わざわざ公開用のレプリカを造って、それを見せている。

古市: 日本はこれまで、戦争の記憶に関して、何らかの理由をつけて傷跡を見せない、もしくは残さないという方針をとってきました。もちろん、実際に戦争を体験した方や遺族からすれば、現物が存在していることでつらい記憶から解放されないということもあるでしょう。でも長いスパンで見れば、現物を残さないことのデメリットの方が大きい気がしているんです。やはり、リアルな物だけが持つ説得力というのはありますから。戦跡などを取り壊してしまい、何十年も経ってからその重要性に気づいて大きなハコ物を造るくらいなら、最初から保存しておくべきではないかと。

乙武: その意味では、震災関連の被災施設をどう処理するかがいままさに議論されていますけど、これも古市さんとしては「残して維持する」という選択肢を念頭におくべきだ、と?

古市: そうですね。それらの被災施設は後世の人にとって貴重な情報源ですし、一度壊してしまったら2度と復元できません。少なくとも議論が続いているうちは“とりあえず残す”という選択肢があってもいいのではないでしょうか。

乙武: そうなると、やはりコスト面がネックなりますよね。後々、観光地化すれば維持費は賄えるのかもしれませんが、じゃあそれまでの維持費をどうするかというのは、じつに悩ましい問題です。かといって、まだまだ傷の癒えていない被災者が大勢いるなかでは、積極的に「観光地化しよう」という提案もしにくいでしょうし…。

古市: 戦争の話題に戻りますが、そのあたりの考え方が国によって異なるのも、世界中の戦争博物館をまわる面白さでもあります。たとえばお隣の韓国の戦争博物館は興味深いものでした。いまも徴兵制のある韓国では、戦争をまったくネガティブにとらえず、ある種のエンターテイメント化までしている。戦争博物館では、3D映像に振動や送風を駆使して戦場を体験できるコーナーや、敵兵を撃つシューティングゲームまである。日本ではとても考えられないことです。

乙武: いまなお北朝鮮と緊張状態にある韓国では、ある程度、戦争を肯定的に捉えていく必要があるのかもしれませんね。一方で、コストをかけてバージョンアップしていかなければならない点が、ハコ物の限界。3D映像などの技術にしても、5年後、10年後には古びてしまって、人々に受け入れられない可能性がありますからね。それなら、古市さんも指摘するように、戦跡をそのまま残して公開する方がいいのかもしれない。

古市: 結局、資料を読めばわかるようなことばかり展示しているのが、いまの日本の戦争博物館ですからね。高いコストをかけて、それではあまり意味がない。

乙武: つらい記憶から目を背けるばかりではなく、これからは「後世の人が平和な世界を築いていくために、何を残すか」という視点での議論も必要ですね。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
古市憲寿さん
1985年、東京都生まれ。社会学者。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍、慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。近著に『誰も戦争を教えてくれなかった』(講談社)がある

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