スマトラ沖、中国四川省…

被災地の「震災観光化」世界の実情

2014.02.25 TUE


神戸港震災メモリアルパーク。当時の様子を今に伝えてくれるこうした遺構は、大きな役割を果たしているといえる
3.11の東日本大震災から、まもなく3年を迎える。被災地ではいまも復興に向けて作業が続いているが、そんななかで「震災遺構」(地震で破壊された建物など)をあえて撤去せず、観光資源にすることで復興に必要な財源を確保しよう、という動きがある。世界ではすでに、激甚災害が起きた地域に先例があり、その動きもめずらしいものではなくなっているようだ。

●インドネシア・スマトラ沖地震
2004年、マグニチュード9.1の地震が襲ったスマトラ沖。巨大津波で16万人以上が犠牲となったバンダ・アチェ州では、津波で破壊された病院や海岸線から3km以上先に押し流された大型船がそのまま残されている。国内だけでなく、外国人観光客も多く訪れるため、経済効果も大きいようだ。

●中国・四川大地震
8万人以上の死者・行方不明者を出した2008年の四川大地震。最大の被災地となった四川省綿陽市北川県では、壊滅した街がそのまま中国最大の地震遺跡「北川地震遺跡」として保存されている。翌年の2009年には700万人以上の観光客が訪れ、経済効果はなんと日本円にして243億円以上にも上ったそうだ。とはいえ、性急な観光地化により、地元住民からは遺体の収容や家財の回収への望みが絶たれたという批判も出ている。

震災遺構には経済効果だけでなく、後世への教訓として、災害の恐ろしさを伝える意味もある。日本の例を見てみよう。

●阪神・淡路大震災
1995年の大震災で被災した神戸港のメリケン波止場の一部をそのままの状態で保存し、見学できるようにした「神戸港メリケンパーク」がある。被災状況、復旧への道のりが記録されている展示室も併設されており、震災を風化させないためのモニュメントとしての役割を果たしているようだ。

中国・四川の例でもわかるとおり、「被災地の観光地化はいいことずくめ」とは言いがたい状況もある。東日本大震災の被災地でも、震災遺構についての議論はあとを絶たず、代表的なのは岩手県・陸前高田市の「奇跡の一本松」の復元問題。津波に耐えた一本松は復興のシンボルとして全国的に有名だが、復元にかかった費用は1億5000万円にも上るため、「被災者支援を優先すべきだ」という声も。また、児童・教職員84人が犠牲になった宮城県・石巻市の大川小学校では、校舎の取り壊しを巡り、「つらい記憶を思い出すから早く撤去してほしい」「震災で何が行ったのかを知るために残したい」というふたつの意見で揺れているようだ。

被災地の復興には財源が必要で、観光客が現地にお金を落とすことも重要。また、震災遺構がうまく観光地化すれば、災害の記憶を風化させず、支援の継続性を高めることにも役立つはず。しかし世界的に見ても、被災地の観光地化を巡っては被災者の間で賛否が分かれているのも事実。特にまだ生々しい傷跡が残る東日本大震災の被災地については、慎重な論議と、なにより地元住民に配慮した決定が求められる。
(岡野里衣子)

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