[対談]乙武洋匡×安藤哲也「父として、社会を考える」(4)

イクボスには「MBAよりPTA」

2015.12.25 FRI

格好いいパパに!オトコの子育て道場 > 乙武洋匡の「自問多答」


(撮影/後藤 渉)

[対談]乙武洋匡×安藤哲也「父として、社会を考える」(4)



夫婦共働きでの育児が一般的になり、女性の社会進出とともに“イクメン”という言葉も広まった。だが、その実態はどうだろうか。ファザーリング・ジャパン代表の安藤哲也氏と作家の乙武洋匡氏がともに今の課題として挙げるのは、「男性の働き方」だ――。

乙武洋匡: これは安藤さんの専門分野だと思うんですが、父親の育児を考えるうえで、真っ先に挙げなきゃいけないのはやっぱり「働き方」ですよね。どんな育児をするかという以前に、まずは家にいられるのかどうか。今の勤務形態では、なかなか男性が家で家事・育児を行う時間が取れないと思うんです。

安藤哲也: そうですね。長時間労働をよしとしてしまう風土が問題で、仕事ばかりで男性の家事時間が増えないことには女性が働く時間も確保できない。これは男性だけではなく、女性の働き方にも直結する問題です。

乙武: 一人ひとりに話を聞くと、パパたちだってわかってはいるんですよ。子供のためには早く帰った方がいいし、帰りたいとも思っている。ただ、「周囲がまだ働いているのに自分だけ帰れない」という声や、「定時で上がるとこれまでもらっていた残業代がなくなるので家計が回らなくなる」という声もよく聞きます。つまり、空気的にも構造的にも残業せざるをえなくなっていて、結果的に子供と触れ合う時間が奪われているというんです。

安藤: もともと日本の男性の働き方は滅私奉公的だったし、それが評価されてきました。昔は評価が上がると給料も上がったから、ある種の合理性があった。みんな働いた分だけ手取りが増えていたから、誰もこれをやめようとは言わなかったんです。でも、そもそも残業代がないと生活できないというのは、おかしなことです。残業しなくても効率よく働いて利益を出し、その分を基本給の昇給やボーナスとしてもらうというのが健全なあり方でしょう。

乙武: おっしゃる通りですね。経営者にとっても残業代を払わずに利益が伸びるなら、それに越したことはない。

安藤: 実際、社員の残業を削減する取り組みで成功したケースもあります。これはネットでもよくシェアされている話なんですが、SCSKというIT企業では「残業しないで早く帰れ」と言うだけではうまくいかなかったので、「残業せず定時で帰った人には、削減した分の残業代をボーナスに上乗せする」という方策をとりました。これなら本人も、その奥さんも困らないでしょう。これまでは残業代が入るからと旦那の帰りが遅いことは諦めていたけれど、残業代は入るし旦那は早く帰って育児や家事をシェアしてくれるんだから、こんなにいいことはない。

乙武: 労働時間が短くなったことで、業績不振に陥ることもなかったわけですよね?

安藤: 試行錯誤はあったようですが、最終的には残業時間を激減させると同時に、増収増益を続けているようです。家庭でも妻に感謝されたり、「あなたの会社、いい会社じゃない」と褒められたりするから、男性も当然悪い気はしない。もっと効率よく頑張ろうという気持ちになり、残業せずにそれまで以上のアウトプットを出せるようになった。まさにこれが、「ワークスマート」の好例だと思います。

乙武: やり方さえ工夫すれば、短い時間で生産性を上げることもできる。ただ、お尻に火がつかないとみんなやらないから、「労働時間の上限を設ける」などの枠組みづくりが重要になってきます。たとえばEUでは、24時間につき最低連続11時間の休息時間を義務化する「勤務間インターバル規制」を設けています。1日の勤務終了時から翌日の始業時までに、一定時間のインターバルを設けなければならないというルール設計です。

安藤: 残業している人は能力が低い人、逆に短時間で成果を出す人が優秀な人。会社の評価がそう変われば、きっとみんなが工夫するようになりますよ。日本人は決められた時間のなかで成果を出すことがこれまで苦手でしたが、個人や企業がもっと生産性を意識するようになれば、残業のジレンマも徐々になくなっていくと思います。会社の飲み会や行きたいロックコンサートがあれば、みんな帰るでしょう? それなのに、普段はロスタイムを4~5時間設定してダラダラやっているわけですから。

乙武: 組織が評価や働き方の仕組みを変えることは必要だと思います。私はフリーランスで仕事をしているから、スケジュールを組むとき、取材やミーティングの合間に子供の習い事の送り迎えを入れるなど柔軟に予定を組むことができます。でも、会社勤めをしていたら、そうもいかないでしょうし…。

安藤: 僕は9回の転職歴があり、4社目あたりからずっと年俸制で働いているんですけど、育児にかかわることを前提に考えると、年俸制のように成果の分だけ報酬をもらう「ジョブ型」の方が自由度が高くて向いているんです。一方、日本企業の雇用は帰属性が高い「メンバーシップ型」で、基本給+残業代の月給制。しかも、40~50代の管理職の多くは育児経験があまりなくて体育会系の根性論マネジメントの人が多いから、どうしても夜遅くまで働いている部下を評価しちゃう。いつでもどこでも何時まででも働いてくれる「無制約社員」ばかりの時代はそれでよかったかもしれませんが、これからは女性を含め、時間制約のある多様な人材が労働市場に入ってきます。

乙武: そうなると、旧来のやり方では通用しない場面が増えてきますよね。

安藤: 管理職には、時間制約があるスタッフを組み合わせてどうパフォーマンスを上げるかといった高度なマネジメント力が求められるでしょう。経営学というとMBA(経営学修士)ですが、MBAを取るのもいいけど、子供が通う学校でPTA会長をやって10人くらいのママたちを束ねる経験をする方が、経営力は身につく。僕は自分がPTA会長をやった経験から、いつも「MBAよりPTA」だと言っているんです。

乙武: MBAよりPTA(笑)。たしかに会社よりずっと多種多様な保護者たちが集まっているわけですから、鍛えられそうですね。

安藤: 男性は家庭や地域の仕事をナメている人が多いですが、せっかくかかわるのなら、覚悟を決めてしっかりとやった方が楽しめるし、思わぬ実力が身につきます。中途半端に週末だけやっても、連続性がなくて子供が懐かなかったり、地域と有効な関係を築けない場合が多いからもったいないですよ。そうならないためにはノウハウだけでなく、育児や地域活動にきっちり向き合える時間を確保すること。つまり、メールや会議を減らすなど、あらゆる手段を使って仕事をコンパクトにして、働き方を見直さないといけません。

乙武: あと、私が自分の経験から“イクメン”について言及しておきたいのは、必ずしも「イクメン=母親の代わり」でなくてもいいということ。人によって向き不向きもあるし、母親とまったく同じことをしようと思うと、結構苦しくなっちゃうと思うんですよ。大切なのは、自分なりのやり方や得意分野でしっかりと子どもと向き合い、育児にかかわることではないでしょうか。

安藤: 完璧を求めないことは大事ですね。子育てに正解はありません。3人を育てて思うのは、いろいろあったけど「何とかなったな」ということ。子供は大人が考えている以上にたくましいものです。親が子供のために「ちゃんと育児やらなきゃ!」と必死になるより、親自身が仕事も育児も含めて人生を楽しむことが大事。子供は親の姿を見て成長していくんですから、まずパパたちが仕事ばかりで汲々とせずにQOL(人生の質)を高め、自分の生き方を肯定し、笑顔でいること。そうすれば、子供もいちばん安心するんじゃないかな。

乙武: 「環境も心も準備万端です!」っていうところから育児が始まればいいんでしょうけど、なかなかそうはいかないものですからね。とくに、社会が「自己責任」の名のもとに準備万端で子供を産むことしか認めないようであれば、少子化はますます進んでいくでしょう。だから、まわりのパパたちが「なんとかなるよ!」と言ってあげること。そして、本当になんとかなる社会にしていくことが、今求められているんだと思います。

【今回の対談相手】
安藤哲也さん
1962年生まれ。出版社、書店経営、IT企業など9回の転職を経て、2006年にNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立。「育児と仕事を両立し、笑って人生を楽しめる父親を増やす」ことを理念として年間200回の講演や企業セミナーを行うほか、厚生労働省や内閣府の委員を歴任する。2012年には社会的養護の拡充と児童虐待・DVの根絶を目的とするNPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ、代表理事に就任。二男一女の父親。

(構成:宇野浩志)

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