プーチン大統領が二島返還を示唆

日ロ間の駆け引きは続く北方領土返還に春は来るか?

2004.12.16 THU

ロシアのプーチン大統領と小泉首相の会談(先月21日)が注目されたのは、その直前にプーチン大統領が露政府の閣議で「北方領土問題は歯舞、色丹の二島だけを返して解決してしまおう」という趣旨の発言をしたからだった。小泉首相は9月に海上から北方領土を視察するなど四島返還に意欲的。しかし会談では結局、具体的な進展はなかった。

北方領土問題は1945年、日本がポツダム宣言を受諾した2週間後に、旧ソ連軍が択捉島、国後島、色丹島、歯舞諸島を占領したことに始まる。51年に連合国と日本が調印したサンフランシスコ講和条約で日本の領土範囲が決められたが、これら四島の帰属について明確には触れられなかった。56年、露は歩み寄り、平和条約締結後に歯舞、色丹だけを日本へ引き渡すことに同意する(先のプーチン大統領の発言は、この「日ソ共同宣言」に基づいている)が、その後冷戦下で日ソ間の交渉は凍結。85年のゴルバチョフ書記長就任で交渉が再開されるも、露側は「四島は第二次大戦の結果として合法的に我が国の所有だ」と主張した。

ところがソ連が崩壊し、新生ロシアの態度は軟化する。93年、細川首相(当時)と露のエリツィン大統領(同)が署名した「東京宣言」では、露側が初めて、四島がどちらの国に帰属するのか再考する姿勢を示した。97年には橋本首相(同)とエリツィン氏が、「東京宣言に基づき2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす」ことで合意。領土問題の解決は急進するかに見えた。が、99年のエリツィン大統領の電撃辞任とプーチン大統領の就任で、再び先の見えない駆け引きが始まったのだった。

「露側は領土問題の交渉に絡めて日本から経済協力を引き出そうとしている」との見方が強い。冒頭の会談でプーチン氏は、「日露修好150周年にあたる来年にふさわしい何かを考えたい」と述べ、小泉首相は来年3月に始まる愛知万博にあわせた訪日を提案した。来春、北方四島に日本の領土としての春は来るのだろうか。

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