問題は郵政350兆円の行方

これが郵政改革の本質?「財政投融資」とは何か

2005.09.01 THU

とうとう解散・総選挙にまで発展してしまった郵政問題。1年以上にわたって議論が繰り広げられてきたが、一般の国民には今ひとつピンとこなかった。その要因は、「近所の郵便局がなくなると困る」から、「首相のやり方が気に入らない」まで、議論の矛先が分散してしまったことにあるのではないか。

そもそも郵政改革の本質とは、郵政をめぐるカネの問題ではなかったか。郵政には、郵便貯金230兆円、さらには簡易保険120兆円、合わせて350兆円もの巨額の資金がある。国民が預けたこうしたお金はただ金庫で眠っているわけではない。かつては旧大蔵省に吸い上げられ、一般会計とは別の第2の予算として「特殊法人」などに流れていたのだ。これが、「財政投融資」である。典型的な例は、高額な工事費などが大問題になった道路公団だ。垂れ流しされ続けた資金は結局、とんでもない無駄遣いにつながってしまったのである。

さすがにこんなことではイカンということで郵政改革が始まり、現在の郵政公社が発足。ここでは財政投融資制度にも手が付けられた。財務省にそのまま吸い上げられる仕組みが廃止され、郵政は資金を自分たちで運用することになったのだ。ところが、である。運用経験のない郵政に、巨額の資金運用ができるはずもなかった。結局、財政投融資を債券化した「財投債」という名の国債が運用先となる。なんのことはない。郵政が財投債を買い上げることで結局、資金は財務省にそのまま流れ、それが特殊法人に流れ続けているのである。

特殊法人に資金が必要なら、自ら債券を発行して市場から資金を集めればよい。そうすれば、市場メカニズムも働くし、調達した資金は慎重に、大切に使う。ところが実態は、市場メカニズムを無視した資金の垂れ流しが今も続いているのだ。

郵政問題の本質は市場メカニズムにそった健全なカネの流れを作ることである。国民のお金がきちんと、有効に使われるかどうかこそが問題なのだ。

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